Side:C
「あんた、『路地裏の魔王』も知らないの?」
眉を寄せて、そう言ってきたのは黒冴(くろさえ)愛実(めぐみ)だった。
五月に『CLF会』などという怪しげな同好会を作って、一ヶ月ほど過ぎていた。
『クラウさん』の事件が落ち着いた頃、今後の活動について、話していた時、愛実が身近な都市伝説として『路地裏の魔王』があると言ってきた。
俺が知らないと言ったら、上記の発言である。
「この街に住んでるんだったら、知っておきなさいよ。広まってから、もう四ヶ月ぐらい経ってるのよ。メジャーで身近な都市伝説じゃない」
………たった四ヶ月前に広まった都市伝説がメジャーだと言われてもな。
「大体、身近な都市伝説って、どういうことだ?」
「舞台がこの街の繁華街なのよ。ちょうどいいわ。『魔王』に会いに行きましょう」
「……そんなすぐに会えるのか?」
「会えるわよ。大抵、路地裏で勇者狩りしてるから」
現実的な言葉の中に、非現実的な発言が入り交ざって、何だか妙な会話になってる気がする。
オンラインゲームの話とかいうオチだったらいいけど、こいつのことだから、現実だよな。
それにしても、魔王か。斧男みたいな奴だったら、嫌だな。
俺の不安など他所に、愛実はもう鞄を掴んでいた。
「さあ、早く行くわよ」
まあ、拒否権は無いよな。
諦め半分に、俺は愛実の後をついて行った。
校門のところで会長と鉢合わせた。
綺麗な黒髪に、天然らしい緑の瞳をした綺麗な人だ。
気付いた愛実が、嬉しそうに走り寄って行った。
「翡翠(ひすい)先輩、何をしてるんですか?」
そう言いながら、愛実は思いついたように言う。
「あ。何か忘れ物ですか? 先輩でも、そんなドジするんですね」
結構失礼な言い方だったけど、会長は笑みを浮かべてうなずいた。
「私だって完璧じゃないわよ。そういう二人は、今帰り?」
「これから、繁華街へ行く予定なんです♪」
右手を上げた愛実が元気良く言う。すると、会長は呆れたような表情を浮かべた。
「生徒会長の前で、堂々と寄り道宣言をするんじゃありません」
会長に頭を軽く叩かれて、愛実は唇を尖らせた。
「寄り道っていうか、宝楽に『魔王』を紹介しようと思ったんです」
愛実の反論に、会長は半眼になった。
「あんた、また何か面倒ごとを起こそうとしてるんじゃないでしょうね?」
「大丈夫ですよ。紹介するだけで、何か起こるわけ無いじゃありませんか」
俺はそう思えないんだけど……
会長も同意見だったらしい。しかし、止めるだけ無駄だと思ったのか、ため息をついて口を開いた。
「まあ、面倒ごとは起こさないように、努力しなさいね」
「はーい」
いい返事はしてるけど、信用ならないよな。会長もそうみたいだけど、止めるのは諦めたようだ。
愛実が案内したのは、繁華街の雑居ビルが立ち並ぶ路地裏だった。
薄暗い路地裏に入りながら、愛実がキョロキョロと辺りを見る。