魔王の言う通り、鉄パイプについていた血も消え去っていた。
「俺が勇者を何人殺しても、ニュースにならないのは、こうやって死体が残らないからだよ」
確かに、目撃者がいても、死体が無いんじゃ立件の仕様がない。でも、その場合、勇者たちは失踪人扱いとかになるんだろうか?
そんな疑問を抱きつつ、魔王に問いかける。
「愛実とは、どうやって知り合ったんだ?」
「今みたいに、勇者を殺すところを見られたんだ。最初は逃げ出すかと思ったんだけど、突然腕を掴んできて、『あなた、都市伝説になりなさい』って言われた」
俺は半眼で愛実を見た。愛実は何故か、胸を張って嬉しそうにしている。
「……愛実、身の危険とかは考えてなかったのか?」
「襲い掛かってきたら、逃げるわよ。でも、殺人現場を目撃したのに、動揺する素振りを見せないから、自分が絶対に捕まることはないって自信があると判断したの。それなら、詳しく話を聞いて、都市伝説にしちゃえって思ったのよ」
こいつ、こんな生き方してて、よく今まで無事に生きてこれたな。
人間としての危機感とか、逃走本能とか欠けてんじゃねえだろうな?
色々注意したかったが、言ってもたぶん聞かないだろう。思わず、大きなため息をつくと、魔王が笑う気配がした。
「愛実と一緒にいると、苦労しそうだな」
「もう見ての通り。何て言うか……妙に知能の高い猪(いのしし)みたいな」
「どういう意味よ!?」
いってぇっ!
俺の例えに、愛実が頭を殴ってきやがった。
思い込んだら一直線なところなんか、猪みたいじゃねえかよ。
俺が非難のこもった視線を送るが、それを無視して、愛実は魔王に声をかけた。
「ところで、最近、勇者が増えたって話を聞いたんだけど」
「ん? ああ、確かに、急に増えたかもな。俺の気配が強くなり過ぎたせいかもしれない」
「実は、それでまずいことになっちゃってるんだけど、そこまで知ってる?」
愛実の質問に、魔王は首をかしげた。
「やっぱり、知らないか。じゃあ、教えてあげる。あのね、地元ヤクザで、雷神会(らいじんかい)っていう組織があるんだけど、その雷神会の縄張り(シマ)で、勇者を名乗る人間が傷害事件を起こしたらしいの。しかも、雷神会が経営してる表向き絵画を取り扱ってる店を襲撃したみたい」
「……何で、俺のところじゃなくて、ヤクザに喧嘩売ってるんだ? そいつは本当に勇者なのか?」
「そいつの言い分によると、『お前らは魔王の手先だ』みたいなことを叫んでいて、麻薬常習者の疑いがかけられたんだって。まあ、結局薬は発見できなかったそうよ。それで、雷神会は独自に調べて、『路地裏の魔王』の都市伝説を耳にしたみたい。で、雷神会は今、自称勇者がこの街に溢れていることに気づいたってわけ。それで、勇者狩りに乗り出すことにしたそうよ」
「勇者狩り?」
眉を寄せた魔王に、愛実が肩をすくめて言う。
「雷神会の人たちは、自称勇者がこれ以上暴れる前に、彼らを始末することにしたのよ。話し合いで解決できる相手じゃないのは、最初に捕まえた一人で無理だと判断したみたいよ」
「それで、勇者狩りか……」
「ええ。さらに、自称勇者が集まるのは、魔王がいるからだってトコまで調べたみたい。今、雷神会では元凶とも言える魔王まで始末するかどうかは保留にしてるみたい」
愛実が笑みを浮かべて、魔王の胸に自分の指を当てた。
「そこで、取り引きよ。前、あなたが探してるって言った勇者を雷神会より早く見つけて、保護してあげる。その代わり、あなたはこの件が落ち着くまで勇者狩りをやめて、どこかに身を隠してくれない?」