「俺に何もするなってことか?」
「そうよ。せっかくここまで大きくした『路地裏の魔王』を、こんな形で終わらせるなんて不本意だもの。雷神会の幹部に知り合いがいるから、魔王はどうにか放置するように説得してみるから」
こいつの交友関係ってどうなってるんだ?
「ってーか、よくそんな情報仕入れることができたな」
「情報を制した者が、世界を制するのよ」
フッと笑いながら、何故か、格好付けて愛実が言う。
本当に何でこいつは、次から次へと面倒ごとを持ってくるんだ?
どうせ、俺に魔王を紹介するっていうのも、ついでだったんだろう。
魔王は少し考えた後、口を開く。
「どこに隠れたって無駄だ。魔王に勇者たちの気配がわかるように、勇者たちには魔王の気配がわかる。だから、代わりに囮(おとり)になることはできるぞ」
「囮?」
「俺自身じゃ規模はよくわからないが、魔王の気配は相当大きいらしい。勇者が死ねば死ぬほど大きくなるみたいで、そのうちこの街全体を包むほどになるだろう。そうなれば、勇者も下手にこの街で動けなくなるはずだ」
「つまり、あなたの気配とやらが街を包み込むほど大きくなるまで、どこか一部に勇者を集めて、始末するってこと?」
愛実の物騒な質問に、魔王もまたうなずいた。
すると、愛実は何か考えて、それから笑みを浮かべると、ケータイを取り出した。どこかに電話をかけると、元気良く話し始める。
「あ、神近(かみちか)さん、こんにちは。『クラウさん』の件はありがとうございました」
神近という名前は初めて聞いた。『クラウさん』の時に、何か世話になったのか?
愛実は取り残された俺と魔王を無視して、話し続けている。
「それのお礼というわけじゃないんですけど、耳寄りな情報があるんですよ。ウチの学校の近くにベッドタウンがあるのは知ってますよね? ………そうです。その場所に勇者を集めるんで、斧男を派遣してください。………………そんなことないですよ。私はただ魔王だけは助けて欲しいなって思ってるだけですぅ。そちらは勇者狩りがしたいんでしょう? その手助けをするって言ってるんですよ。………嫌ですねぇ。ちょっとは信頼してください。………ホントですかぁ? やっぱり、困った時は神近さんに頼るのが一番ですね。じゃあ、明日の夕方から、実行ってことでよろしくお願いします♪」
電話を切ると、愛実はこっちを見て笑みを浮かべた。
「じゃあ、魔王、明日の夕方、ベッドタウンに行くわよ」
「こっちに何の説明も無しに勝手に話を決めるな」
「あ。突っ込んでいいんだ」
俺が愛実に言うと、魔王が後ろで感心したように言う。振り返って魔王を見ると、恵みを指差しながら言う。
「あいつに、何か理不尽なことを言われたら、容赦無く言っていいんだぞ。遠慮したら、調子に乗るだけだからな。難点は、言うだけ無駄ってトコだけだ」
「だったら、黙ってたらいいんじゃないのか?」
「男は無駄な行動だとわかってても、立ち向かわなければいけない時があるんだよ」
「少なくとも今じゃないよな?」
「冷静なツッコミをありがとう」
こうして会話してると、普通の奴だよな?
魔王との会話を楽しみながら、俺はしみじみとそう思う。学校の友達と話してるような気分になるのだから、たぶん魔王と呼ばれる前は、本当に俺やクラスの連中と変わりなかったんだろうな。
特殊な状況のせいとは言え、少しだけ同情する。
「何で、二人とももう仲良くなってるのよ」
腰に手をやった愛実が、不機嫌そうに頬を膨らませている。
「こっちは、怖いヤクザさんに交渉して、魔王は助けてもらおうとしてるのに、二人は楽しく談笑だなんて最低ね」
「はいはい。俺たちが悪かったから、何がどうなってるのか、説明してくれ」
さっきの電話の様子から、怖がっている様子や緊迫した感じなど微塵も感じなかったが、そんなことでつまらない喧嘩をするつもりはない。