「ヤバッ! 斧男だわ!」
叫んだ愛実が、魔王の腕を掴んで走り出した。当然、勇者の死体など放置している。俺も二人の後を追い始めた。
だが、愛実は慣れた様子で入り組んだ方へ走って行った。そのせいで、出遅れた俺は、あっという間に二人を見失ってしまった。
はぐれた俺は、最初は自力で探す努力をしたんだが、結局、見つけられなかった。
仕方ないから、ケータイで連絡を取るかと思ったんだが、ちょうど人がいるのが見えた。魔王と同じ、見たことの無い制服を着た同い年ぐらいの女だ。
何かに怯えて震えているのに気付いて、俺は設置されていたミラーを確認した。そこに斧男の姿を見て、俺は走り出した。怯えたその子が叫び出す前に、おれはその子の口をふさいで引き寄せた。
斧男から死角になる位置に隠れると、俺は気配がなくなるまで、その子の口をふさいでいた。
斧男の持つ独特の気配が去っていったのを確認すると、俺はその子を解放した。
「行ったみたいだな。悪かったな。苦しかったろ」
緊急事態とは言え、乱暴な方法だったため、謝っておく。振り返ったその子は、肩にかかる綺麗な黒髪をしていた。
一先ず、偶然目撃した一般人なのか、自称勇者なのかはわからないので、一般人として扱うことにしておく。
「今、ここは危険だから、安全な場所まで送るよ」
立ち上がって、彼女に手を差し伸べた。だが、彼女は俺の手を見つめたまま動かない。異常な事態に思考が止まってるのか、自称勇者として変な言い訳を考えてるのか、俺も仲間の一味と思われてるのか、どれだろう?
一応、説明を試みてみる。
「えーっと、俺、怪しい者じゃないです。――って言ってもおかしいか。えー、見ての通り、黒曜学園の学生で、たぶん君と同い年ぐらい。笹塚(ささづか)宝楽(たから)っていうんだ。よろしく」
ついでだから名乗ってみた。彼女は変なものを見るような顔をしてたけど、ゆっくり口を開いた。
「私は、津軽(つがる)留衣(るい)です」
俺は彼女が名乗ってくれたことに少し安心して、もう一度手を差し出した。
「んじゃ、早く逃げようか」
今度はその手を取ってくれた。
津軽留衣と名乗った少女は、意外とおとなしく俺の後をついて来てくれた。何人かしか見てないが、自称勇者を名乗っていた連中とは違う気がする。
自称勇者たちは、こっちの話など一切聞かない感じがあったし……
それを思うと、やはり偶然目撃してしまった一般人だろうか?
俺が色々考えていると、津軽が声をかけてきた。
「あの、さっきの大男は何なの?」
うん。まあ、聞かれると思ってた。
何と言おうか、迷ったが、そのまま答えてみる。
「あー……『ベッドタウンの斧男』って奴だよ」
「……何それ?」
有名な都市伝説じゃなかったのか!? 愛実の奴、嘯(うそぶ)いてやがったな! まさか、魔王と一緒で、この街限定とかか!?
俺が振り返ると、その勢いに驚いたらしい津軽の顔がある。
「都市伝説だけど、知らないのか?」
「その、そういうの、疎(うと)くて……」
その返事に少し安心した。愛実のせいで余計な恥をかいたと思った。
俺は苦笑して、彼女に言う。
「ああ、気にすんなって。別に知らなくたって、人生の全然必要ないから」
そして、簡単に『ベッドタウンの斧男』の話を教える。
C級ホラーテイストな話に、津軽は変な顔をしていたが、最後のくだりで先ほどの光景を思い出したらしい。少し顔色が悪くなっている。
やはり、偶然目撃した一般人か?
俺が考え込んでいると、何か足音みたいなのが聞こえた。見ると、津軽がさっきまで斧男がいた場所まで走り出そうとしていた。
「おい、待て! 行くな!」
ヤバイ! 今、行かれたら、勇者が消滅するところを見られちまう!
慌てて追いかけるが、間に合わなかった。