「さっきの見たんだよな?」
一応、確認のつもりで問いかける。
キョトンとしていたが、すぐに死体が消滅したことだと気づいたらしい。俺は順序を立てて説明することにした。
「勇者たちは、死んだら、遺体が残らないそうだ。まるでゲームのキャラクターみたいに、ゲームオーバーになったら、データが消されるみたいに存在が消えるらしい」
魔王から聞いた話をそのまま説明すると、津軽は呆然としたまま聞いていた。
否定の言葉がない様子から、彼女もゲームに洗脳された勇者なのだと確信する。
しかし、いきなりゲーム会社の洗脳がどうのと言っても、混乱させるだけだろう。洗脳されてる人間に、それは洗脳だって言っても通じないって言うし。
だから、俺は洗脳に関しては黙っておくことにした。
さっき勇者が消えたのを目撃しているおかげで、俺の話は信じてくれたようだ。
困惑していた津軽の様子が、不意に変わった。
その瞬間、俺の耳にも、あいつの息遣いが聞こえた。
「おわっ!?」
ほとんど勘で避けると、頭の横を斧が通り過ぎる気配がする。
津軽を庇うと、俺は彼女の手を掴んで走り出した。
「逃げるぞ!」
背後から呻き声みたいなものが聞こえて、さらに風を切るような音までする。ヤバイ。寒気が止まらない。マジで怖いかも……!
それは津軽も同じだったらしい。
「きゃあっ!?」
悲鳴が聞こえたと思った瞬間、繋いでいた手が離れた感触がした。慌てて振り返ると、津軽は足をもつれさせて、転んでしまったらしい。
そのまま恐怖に包まれたらしい津軽は、動けなくなったようだ。情けないことだが、俺の体も動いてくれない。
斧男がその大きな斧を振り上げる。
その瞬間、俺の視界に斧男と津軽の間に、何かが割り込んだのが見えた。
最初に認識したのは、茜色の光を跳ね返すような金髪。次に、斧を受け止める鉄パイプ。
自称勇者を助けたのは、勇者狩りをしているはずの魔王だった。
「み、美鶴……?」
いつの間にか、振り返っていた津軽が、魔王を見て呟いていた。確か、美鶴って魔王の本名だよな?
「留衣、久しぶりだな」
振り返った魔王が笑顔で言う。
その様子を見て、確信した。彼女が、魔王が探していた勇者だ。唯一魔王が殺されてもいいと思っている勇者。
しかし、津軽は混乱した様子で、耳をふさいで頭を降り始めた。まるで、俺たちには聞こえない何かが聞こえているかのようだった。
その間に、拮抗していた斧男と魔王のバランスが崩れる。斧男の斧を受け止める形になっていたのだから、当然魔王の方が負担が大きい。押され始めた魔王が、苦悶の声を上げる。
「くっ!」
次の瞬間、斧男が斧を薙いで、魔王の鉄パイプを払っていた。斧男は大きい体にそぐわない動きで、斧を振り下ろし続けるが、さすがは戦い慣れた魔王だ。斧を避けると、斧男の間合いに入り、鉄パイプを振り下ろして、そのスキンヘッドを殴りつけた。
斧男が衝撃に動きを止めた時だった。
「ちょっと、魔王! 何してんのよ!?」
慌てた様子の愛実の声が聞こえてきた。俺と津軽の横をすり抜けると、魔王の腕を乱暴に掴んで、怒鳴りつけた。
「斧男に喧嘩売るなんて、バカじゃないの!? ほら、さっさと逃げるわよ!」
「え? あ! おい、愛実!?」
魔王の返事なんて聞かずに、愛実はそのまま走り去って行った。
俺と津軽が唖然としていると、頭に手をやって膝をついていた斧男が、獣のような方向を上げた。