斧を構え直すと、俺たちを無視して、魔王と愛実を追いかけて行った。あれはキレたってことか?
「大丈夫か?」
一先ず気を取り直して、津軽に手を差し出して、問いかける。津軽は俺の手を見たまま質問してくる。
「何で、あの大男は、襲ってくるの?」
休む間も無く急展開が続けば、混乱して飽和状態になるのも当然だ。どこか呆然としたままの津軽に、斧男の目的を説明する。
「さっきの魔王がいるせいか、この街に勇者を名乗る人間が大勢集まって来たんだ。で、その自称勇者の一人が、とある組織の縄張りで暴れたらしくて、その組織の殺し屋であるあの斧男が勇者狩りをしてるんだ」
「……組織?」
ここは隠しても意味ないよな?
「ん〜、雷神会(らいじんかい)っていうこの辺り仕切ってる組織なんだけど……」
津軽が唖然として、こちらを見てくる。まあ、いきなりヤクザの名前なんか出したって、実感できないよな?
俺だって、まだ少し半信半疑だし。
ほとんど自棄になった気分で、説明を続けることにした。
「ほら、さっき魔王を連れて行った女いたろ? あいつが、その雷神会の幹部と知り合いでさ、どうにか、魔王だけは生かしたままで収められないか、交渉した結果、魔王を囮(おとり)にここに勇者を集めていたんだ。その過程で、あんたを拾ったってわけだ」
説明を終えると、津軽は俺の言葉を咀嚼(そしゃく)するように何事か、考え始めた。
顔色を悪くしていた彼女の目に、どこか不安になるような暗い色が宿った気がした。どういう思考展開をしたのか、俺にはわからないが、何かまずい心理状態になったんじゃないかと不安になる。
彼女は、自称勇者たちの一人にしては、まともだ。自分の妄想を押し付けてこないし、普通に会話もできている。それでも、何故か、不安になる。
だが、不意に視界に入った人物に、思わず声を上げていた。
「あ。」
俺の声に気付いた津軽も振り返った。
そこにいたのは、ブランド物のスーツを着た、いかにもその筋の人と言った男だ。三十代ぐらいで、黒髪をオールバックにして、左頬に刀傷のような跡がある。鋭い目をした精悍な男で、隙の無い様子に緊張感を覚える。
「よお、兄ちゃん。愛実の連れだな?」
声をかけられて、俺は予想を立てる。
「……はい、そうです。えーっと、神近さん、ですよね?」
会ったことも見たことも無いため、予想だったが、正解だったらしい。うなずくと、男は問いかけてきた。
「ああ。んで、愛実は?」
「えーっと、今、斧男を怒らせた魔王を連れて、逃げ回っています」
俺の返事に、神近さんは呆れたように額に手をやった。
「あのバカ、我侭吐(ぬ)かすから、そろそろ狩りは切り上げて、ポチを迎えに来たってのに」
ポチ?
ポチって、え?
「あの斧男、『ポチ』って名前だったんスか?」
思わず、問いかけていた。
いや、それどころじゃないのはわかってるけど、でも『ポチ』だぞ? あんな図体で『ポチ』って……!
そんな俺のどうでもいいような質問に、神近さんは意外にも答えてくれた。
「単細胞で、証拠残すなっつっても、すぐ忘れる駄犬だ。ポチはぴったりだろう」
ん〜、そこはかとない主従関係も見え隠れする気配。
俺がコメントに困っていると、神近さんは質問を続けた。
「で、ポチが愛実を追いかけて行った方向は?」
「あ、あっちです。俺も行きます」