そうだよ。展開が速過ぎて思考停止してたけど、あいつら追っかけないと! すぐに斧男にやられてるとは思えないけど、早く止めないと!
すると、津軽も立ち上がって声を上げた。
「私も行きます! 魔王を倒さないと!」
その発言にドキッとする。やっぱり自称勇者みたいなことを言い出した。
「おいおい、これも勇者の妄想に取り憑かれた奴か?」
俺が不安になると、神近さんの呆れたような声が聞こえてきた。そちらを見ると、軽蔑と呆れが混ざったような視線を送っている。
だが、津軽は気にせず、叫んだ。
「妄想なんかじゃないわ! 頭の中に声が聞こえるの! 魔王を殺せ! 世界を救えるのはお前しかいないんだって! 私は選ばれた勇者なのよ!」
ヤバイ。今までの自称勇者たちと同じ事を言い出した。
斧男っていうイレギュラーが、まともにさせていたけど、魔王と接触して勇者の妄想が暴走し始めているってことか?
津軽の様子は、明らかに異常で、思考がまずい方向へ行ってるのはわかった。
しかし、そこには、どこか切望のようなものが見えた。
「殺さないと! 魔王を殺さないと、私は故郷に帰れない! 美鶴に会えない!」
最後は悲鳴みたいだった。
叫ぶと、津軽は舞おうと愛実が逃げて行った方向へ走り出した。
俺と神近さんも後を追いかける。隣を走りながら、神近さんが声をかけてきた。
「いまいち状況が掴めないんだが、説明してくれるか?」
「えーっと、俺の推測なんスけど。魔王が、ある勇者に殺されるために、自分は魔王になったって言ってたんスよ。たぶんあの子が、その勇者なんです。魔王の話だと、その子は魔王の幼馴染で、自分は勇者だって洗脳されて、魔王を倒すために故郷を飛び出したそうです」
「つまり、あの姉ちゃんは、魔王の親しい知り合いってことか?」
「たぶん、ですが」
俺は津軽の後ろ姿を見つめた。
あいつの心理状態は、予想にしかならないけど、魔王と自分の幼馴染は無関係と判断したのかもしれない。
ファンタジーの妄想に取り憑かれているのだ。魔王が幼馴染に化けているとか、思っているかもしれない。
その妄想の力が何か知らないが、津軽の足は速くて、見失ってしまった。一先ず方向はわかっているので、俺たちは走って行く。
「あ、ああああああああっ!!」
津軽の声が聞こえてきた。
俺たちが角を曲がろうとした瞬間、誰かに腕を掴まれた。
「ちょっと待って! 今が楽しいところなの!」
「「愛実?」」
俺と神近さんが同時に、彼女の名を呼ぶ。愛実は俺と神近さんの腕を掴んで言う。
「今、『路地裏の魔王』の完結編をリアルタイムで見られるのよ! 邪魔しちゃダメ!」
……こいつは。
俺が呆れた視線を送っていると、神近さんも似たような顔をしている。
「知るか、そんなん」
さらりと言うと、神近さんが愛実の腕を振り払って、現場に近付いた。俺も愛実を腰にぶら下げたまま、後をついていく。
そこでは何故か、津軽が魔王と斧男の間に割って入っていた。よく見れば、魔王は怪我をしているようだ。斧男から津軽を庇ったんだろうか?
耳をふさいでいた津軽が、不意にナイフを握り締めた。そのまま、ナイフを向けた相手は、斧男だった。斧男の膝にナイフを突き立てると、津軽は力無く倒れてしまった。
斧男が叫んで斧を振り上げた。
だが――
「やめろ、ポチ。」
神近さんが斧男の側頭部を蹴り飛ばした。そのまま電柱にぶつかって、動かなくなる。