面倒そうにケータイを取り出すと、どこかへ電話をかけ始めた。
「俺だ。ポチを回収しておけ」
たぶん、部下に連絡してるんだろうと判断し、俺は魔王に近付いた。津軽は魔王の腕の中で気を失っている。
「どうしたんだ?」
「結局どうなったのよ?」
俺と愛実が問いかけると、魔王が顔を上げた。
「……留衣が、ゲームの声を裏切った」
「つまり、どういうこと?」
愛実が詰め寄ると、魔王は気を失っている津軽を見つめた。
俺が教室の机に突っ伏していると、そばに座っていた女生徒の会話が聞こえてきた。
「ねえねえ、『路地裏の魔王』って知ってる?」
「知ってるも何も、都市伝説じゃ定番じゃん」
「じゃあ、『路地裏の魔王と堕ちた勇者』の話は知ってる?」
「え? 何それ?」
「最近、流れ始めた噂だよ。こんな話」
『路地裏の魔王と堕ちた勇者』
勇者を殺し続けていた魔王の前に、ある日、勇者を名乗る少女が現れた。
魔王は、その勇者に恋をし、勇者もまた魔王に恋してしまった。
お互いに殺せずに、時だけが過ぎていく。
そのうち、どちらともなく話し始めた二人は、とある事実に気付いた。
魔王と勇者が嵌っていたオンラインゲームを作ったゲーム会社『ヴィレッジ』では、洗脳の実験として、ある一定時間以上プレイすると、現実と虚構の区別がつかなくなり、現実世界でも殺し合いをするように仕組まれていたのだ。
その事実に気付くと、ゲーム会社『ヴィレッジ』はプレイヤーを魔王に仕立て上げて、洗脳状態にした勇者たちに殺させていた。
魔王と勇者は、話し合いで洗脳が解けることを知った。卑劣な洗脳実験を行うゲーム会社『ヴィレッジ』を倒すため、二人は向かってくる勇者たちの説得を始める。
魔王は質問を繰り返す。今までとは違う意味を込めて。
「あなたは勇者ですか?」と。
「そんな感じな話」
「へえ、何か、『路地裏の魔王』と雰囲気が変わったわね。続編にしては、救いがあるって言うか」
「でしょう。でも、結構好きな話だなって思ったわ」
「うん。でもさ、急に現実感がなくなったね。『路地裏の魔王』は、まだ現実的にしようって感じがしてたのに」
「だよね。洗脳実験とか、ないよね」
「だよね〜♪」
笑い合う声を聞きながら、俺は体を起こした。
『路地裏の魔王と堕ちた勇者』の話は、愛実が魔王から聞いた話を元に作った都市伝説だった。
まだ一週間しか、経っていないが、順調に広まっているようだ。
一週間前、夕暮れのベッドタウンで、魔王は勇者だった津軽も、ゲームの声を裏切ったせいで自分と同じ存在になったことを話した。
そこで思いついたのが、さっきの話だ。
ハッピーエンドの話は意外だと言ったら、愛実は別にハッピーエンドのつもりは無いと言っていた。結局、状況が好転したわけでも、終わったわけでもないかららしい。
実際、二人は今もいつもの路地裏で、勇者を説得する毎日を送っているが、津軽のように説得できたケースは無いらしい。