小説『君の隣で、』
作者:とも()

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「俺は今のままがいい。こうやってのんびり過ごすのが合ってるよ」


蒼が陸上部に入る気がないことは知っていたが、その言葉を聞き、俺は安堵する。


「よかったよ。そりゃ蒼が陸上部に入れば活躍するだろうし、それは俺も嬉しいけど。俺は蒼と過ごすのが一番いいから」


きっと陸上部に入れば、こうやって蒼と一緒に帰ったり、放課後蒼と出かけたり、どちらかの部屋でのんびり過ごしたりはできなくなるだろう。


俺にとって蒼の隣は居心地がいい。

だから、少し蒼には悪いけど、俺は蒼が陸上部に入らないでいてくれることが嬉しい。

蒼と一緒にいられる時間が増えるから。



俺の言葉を聞いて、蒼は少しの間何度も瞬きをし、何かを言いながらそっぽを向いた。


「…馬鹿、俺の気も知らねえでそんなこと言いやがって…」

「え、なんて?」

「なんでもねえよ」


蒼の言葉を聞き取れず、俺は蒼に聞き返したが、再びその言葉を発してはくれなかった。

俺は首を傾げたが、蒼がなんでもないと言うのだから大したことではないのだと解釈し、聞き返すことはなかった。

俺の方へ振り返った蒼は、少し困ったように笑う。


「てかお前、いい加減俺離れしろよ。いつまでも一緒にいられるわけじゃないんだぜ?」

「え?」


蒼の言葉に、俺の口からは気の抜けるような声が出た。

その声に蒼は溜め息を吐き、俺の眉間を人差し指で小突く。


「いでっ」

「もう高校生だぜ?今までこうやって一緒に過ごしてきたけど、そろそろ将来のことも考えねえといけねえしさ。いつまでも一緒にってわけにはいかねえだろ」

「…」


そう言って蒼は再び苦笑いを零す。

蒼は再び前を向き、歩き始めたが、俺はその後を追わずにその場にただ立ち尽くした。



蒼の言葉は正しいと思う。

だが俺は、そんなことを考えたことなんてなかった。

現実的なことは何も考えず、ただいつまでも蒼といられるような気がしていたのだ。

何故か自信はあった、けれどそれはあまりにも曖昧なものだと今更気付く。

小さな頃から蒼と一緒にいた、これから先もずっと一緒にいられると思っていた。

何年も思い続けていたものはいつしか、俺の中で当たり前となっていた。



だから蒼の言葉はとても重く、俺の胸を苦しくさせた。


「直也?」


数歩歩いた後に俺が来ていないことに気付いた蒼は、返事をしない俺を不審に思い、俺の元へと戻って来る。

黙ったまま俯いている俺の顔を、蒼は覗き込んだ。


「どうした?」

「…嫌だ」

「ん?」


少し顔を上げ、口から零れ落ちたのは小さな否定の言葉だった。

聞き取れなかったのか、蒼が聞き返してくる。


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