「直也、なんか機嫌悪い?」
「え?」
蒼の思いがけない言葉に、俺は訳が分からず首を傾げる。
「なんか途中から元気無かったから」
蒼が心配してくれている、ということは分かったが、俺は周りから見て分かるほど気分が落ちていた自覚はなかったので、曖昧な言葉でしか返すことができなかった。
「そんな落ちてた…かな、別に何も無いけど」
「そうか?」
「…たぶん、女子達に圧倒されてたんじゃねえ?」
はは、と苦笑いしながら俺がそう言うのとほぼ同時に、後ろから小走りに掛けてくる足音が聞こえた。
音が次第に近くなる。
最初は特に気に留めてもいなかったが、次の声を聞いて俺も蒼も後ろに振り返った。
「蒼君、直也君」
後ろにいたのは沙希ちゃんだった。
走ってきたのだろう、少し息を切らしていた。
「あれ、カラオケ行くんじゃなかったの?」
少し驚いて俺がそう言うと、沙希ちゃんは笑顔を浮かべながら落ちていた髪を耳に掛ける。
「アドレス聞くの忘れてたから。…蒼君、交換してもらってもいいかな?」
なるほど、そういうことか。
蒼に気があるみたいだし、必死になって走ってくるのも分からないでもない。
「…ごめん、今日は携帯を家に忘れてきたから無理だ」
ん?携帯を忘れた?
俺は蒼の言葉が嘘だとすぐに分かった。
何故なら今日の合流する少し前、遅れそうだとメールを送ってきた薫に蒼が電話をしていたからだ。
蒼の方を見ると、蒼は目で黙っておいてくれと訴えてくる。
蒼はメールや電話があまり好きではない、恐らく交換すれば沙希ちゃんが沢山メールを送ってくるであろうことが蒼も目に見えているのだろう。
理解した俺は何も言わないでいると、沙希ちゃんが気まずそうに俺の方を向いた。
「そ、そうなんだ…。じゃあ、直也君」
「え…あ、うん」
俺と蒼しかいないんだ、蒼だけに聞くのは失礼だと思ったんだろう。
沙希ちゃんなりの気遣いなのだろうが、俺はなんだか惨めな気分になる。
だが蒼のように上手く断る理由が見つからない、それに走ってきたのにどっちもと交換しないまま終わるなんて沙希ちゃんが可哀想だ。
俺が携帯を出すと沙希ちゃんとアドレスを交換した。
その後沙希ちゃんは、ありがとう、と一言言って、皆と合流すべく来た道を小走りで戻って行った。
少しの間呆然としたが、夜の風は冷たかったのでこのまま立っている訳にもいかず、再び駅へと歩き始めた。
俺も蒼も無言で歩き始めたが、しばらくして蒼が口を開く。
「なんで交換したんだよ」
そう言った蒼の方を見ると、その横顔はどこか怒っているように見えた。
俺は不思議に思いながらも、思ったことを素直に答えた。
「断る理由が無かったから…」
「そうか」
「蒼?」
明らかにいつもより機嫌が悪い蒼。
俺は何か言ってはいけないことを言ってしまったのだろうか。
また何も考えず女の子とアドレスを交換したからだろうか。
でも沙希ちゃんが気になっているのは俺じゃなくて蒼だ、俺が彼女と交換したからってまたすぐに付き合ったりすることは無い。
俺が蒼の顔を覗き込むと、それに気付いた蒼は俺に笑顔を向ける。
「何でもないよ」
そう言うけれど、その笑顔が無理につくられたものだってことくらい、俺にはすぐに分かった。
家に着くまで、俺達は珍しく、ほとんど話さなかった。