◆第五話
あれから俺は歩いて家に帰った、らしい。
何も覚えていない、気が付けば玄関に立っていた。
ずぶ濡れの俺に母さんは驚き、俺は無理矢理風呂場につれていかれた。
制服乾かしておくから、と無理矢理制服を脱がされた俺は濡れて肌にへばりついたカッターシャツを着たままどうすることもできないので、その流れで風呂に入る。
シャワーを出したまではいいが、それから次の動作に移ることができない。
頭からお湯を浴びたまま、俺はしばらく俯いていた。
部屋に戻ってベッドに寝転がる。
髪が濡れたままだが、今はどうでもいい。
蒼の言葉を俺は頭の中で再生する。
彼の言葉全てを理解できた訳ではない。
それでも先ほど風呂に入って少し頭が冴えたからだろうか、蒼が自分を好きだということをより認識できている自分がいた。
正直信じられない、俺は蒼のことを親友だと思っていたのだから。
蒼はそう思っていなかったとだとしたら、今まで俺の我が侭を聞いてくれたり優しく接してくれていたのは、俺のことが好きだったからだというのだろうか。
俺達は幼なじみで、親友。
この関係が変わることはない。
そう思っていたのは、俺だけだったのだろうか。
蒼が自分と同じ気持ちでなかったと認識すると、俺は胸が痛くなった。
…蒼はいつから俺のことが好きだったのだろう。
ずっとだと蒼は言っていた、中学の頃から?…もっと前から?
どっちにしても、俺は蒼にとって酷いことをしてきたのだと徐々に自覚していった。
蒼のあの泣きそうな顔、あんな顔をさせてしまったのは俺だ。
今まで好きでもない女の子と付き合う俺を見てきて、蒼はどう思っていたのだろう。
沙希ちゃんとメールをしてくれと頼む俺を、どう思ったのだろうか。
これからは、今までのようにはいられないのだろう。
俺はなんとなくではあるが、そう予感した。
そしてその予感はほぼ確実に当たっているのだろうと思う。
何とかそれを阻止したい、今までと変わらず蒼と一緒にいたい。
そのためには何をすればよいのか。
明日どんな顔をして会えばいいのだろう、なんて声を掛けるべきだろう。
俺の頭の中ではいろんなものがぐるぐるとまわり、結局その夜は一睡もできなかった。
「直也、おはよう」
「…おはよう」
一階に降りると、母さんはテーブルに朝食を並べていた。
制服乾いてるわよ、と母さんはストーブの前を視線で示す。
また二階に戻って着替えるのも面倒なので、俺はストーブの前でパジャマのボタンに指をかけた。
椅子に腰を下ろし、朝ご飯を食べようとしたが、なかなか食べる気にはなれない。
箸を動かさない俺を見て母さんは首を傾げる。
「珍しいわね、気分でも悪いの?」
「…そういうわけじゃないんだけど」
「…なんか、顔赤くない?」
熱でもあるのかしら、と母さんは俺のおでこに手を当てる。