仕方が無い、何か食べよう、そう思い、体を起こそうとした時だった。
足元の方で何かが動く気配がした。
俺は驚いて少し体を起こして足元を見ると、ベッドに凭れるようにして座っている蒼がいた。
俺が体を起こしたことで目を覚ましたと気付いたのだろう、蒼は俺の方へとゆっくり振り返ると、優しい笑みを浮かべた。
「…そ、う…?」
その笑みはいつも俺に向けてくれていたような優しい笑みで、俺は夢を見ているのではないかと自分の目を疑った。
けれど伸びてきた蒼の手が俺の髪を優しく撫でる感触は確かなので、夢ではないのだと俺は知らされる。
むしろ喫茶店でのやり取りや二日前の学校での出来事が夢だったのではないかと思ってしまう。
だが蒼が発した言葉で、そうではないことを俺は認識させられた。
「ごめんな…避けたりして」
蒼は辛そうな顔で無理に笑い、俺の髪から手を離す。
手が離れるだけなのに俺はまた蒼が遠くなってしまうような気がして、無意識に蒼の手を掴んでいた。
俺の動作に蒼は驚き、目を見開く。
そんな蒼の顔を見て俺は慌てて手を離した。
「ごめ、ん…」
自分の口から出た声は酷く掠れていた。
数秒経った後、俯いた俺の顔を覗き込んで、蒼はこう言った。
「話、しようか」
俺は蒼が買ってきてくれたみかんゼリーを口に運ぶ。
玄関で蒼を出迎えた母さんが、俺がほとんど食事を取っていない、と蒼に話したそうだ。
蒼は俺を心配して、話をする前にまず何か食べてくれ、とコンビニの袋からみかんゼリーを取り出し、俺の手に持たせた。
そのゼリーは完全に温くなっていて、それは蒼が長い間俺が起きるのを待ってくれていたことを物語っていた。
蒼の優しさを俺が無下にする訳がない、もちろん俺は食べることにした。
何故だろう、あれほど食べる気にはなれなかったのに今はゼリーがすんなりと喉を通っていく。
体もあれほどだるかったというのに、蒼が来てくれたというだけで体の重みはかなり軽くなった。