小説『君の隣で、』
作者:とも()

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そう考えた俺は先ほどまで何度もぐるぐると回っていた思考回路を完全に遮断した。


「ただいま」


玄関に入りそう言うと、リビングから母さんのおかえり、という声が聞こえる。

俺はスニーカーを脱いだ後、二階にある自室へ向かった。

鞄を床に置き、制服を脱いでハンガーに掛ける。


リビングへ降りると、頑張ってフル稼働してくれているヒーターのおかげで部屋全体は温かくなっていた。

キッチンに立つ母さんの隣に立って、何か手伝うよ、と一言言うと、母さんが笑った。


「珍しいじゃない、あんたが手伝うなんて」

「いいだろ、たまには」

「父さんが帰ってくるからはりきってるの?」

「…ま、そんなとこ」


俺の言葉に母さんはまた笑い、自分が使っていたまな板と包丁を俺の方へとずらした。

まな板の上には途中まで切られた人参があった。


「じゃあそれ切っちゃって。あとここにある野菜も全部」


そう言った母さんは野菜が沢山入ったボールも俺の方へと移す。


「切ったら鍋に入れちゃって」

「了解」


母さんの指示に返事をし、俺は包丁を握る。

どうやらカレーかシチューを作るらしい。

母さんはもう一品作るのか、もう一組まな板と包丁を取り出した。

俺は自分の任務を果たそうと腕捲りをし、気合を入れて野菜達に挑んだ。







「あ〜目が痛い〜」

「ちょっと、まだ沁みてるの?いい加減もう痛くないでしょ」

「やっ、まだ無理」


今俺は目を押さえながらソファに座っている。

あれだ、よくある玉ねぎを切っていたらなんとやらというやつだ。

玉ねぎを切り始めてから数秒後、俺の目からは突然の涙が…。

最初は少しツンツンと沁みる程度だったので、出てくる涙を特に気にもせず切り続けていた。

しかしそれから更に数秒後、ツンツンは激痛へと変わる。

俺は痛みと大量の涙と戦いながらなんとか全ての野菜を切り終わり、鍋に投入したが、それ以降母さんの手伝いをするのは不可能だった。

どうやら今日の夕飯はシチューのようだ、クリームのまろやかな香りがする。

しかし俺の目はまだ痛い。

さすがに長すぎるだろう、きっと部屋には玉ねぎのエキスが空気中に充満しているに違いない。



うー、と唸っていると、カチャリと玄関のドアの開く音が聞こえた。

俺はそれが耳に入った瞬間はっとソファから立ち上がり、玄関へダッシュで向かった。


「父さん!」


玄関に着くと、スーツ姿で靴を脱いでいる父さんがいた。


「おお、直也。ただい……うおっ」


顔を上げてにこりと笑った父さんの顔をろくに見ず、俺は父さんに抱きついた。

いきなり過ぎたせいか父さんは後ろに少しよろけたが、俺の様子に笑いながらがっつりと俺を受け止める。

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