小説『君の隣で、』
作者:とも()

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「実は大事な話があるんだ、今日はその話をする為に帰って来た」

「…大事な、話?」

「ああ」


大事な話とは何だろうか。

俺が見当もつかないでいると、父さんは構わず言葉を続けた。


「先日、俺の昇格が決まった」

「え、そうなの?」

「ああ。俺の企画が成功してな、ファッション業界でも今我が社はかなり注目してもらえる存在となった」

「それって凄いじゃん、おめでとう!」


父さんの言葉を聞き、俺は素直に嬉しいと思った。

今までも父さんはほとんど家に帰ってくることができなかったのだ、今まで以上に忙しくなることは馬鹿な俺でもすぐに予想はついた。

寂しくない、と言えば嘘になる。

しかし父さんはなるべく家に帰るように努めてくれているし、家にいる間は家事を手伝ったり一緒に出掛けたりしてくれる、本当にいい父親なのだ。

だから俺は大好きな父さんが会社で活躍してくれるのはとても嬉しい。

きっと父さんは更に家に帰って来れなくなることを申し訳なく思い、この話題を出せずにいたのだろうと俺は思った。

俺は父さんが気を遣うことのないように笑顔で振舞う。


「なんだ、早く言ってくれれば良かったのに。俺は嬉しいよ、父さんが沢山の人に頼りにされるのは」

「ありがとう。お前も母さんもそうやって俺を支えてくれるから、俺も仕事を頑張ることができるんだよ」


俺の言葉に父さんは笑みを浮かべながらお礼の言葉を言う。

自分の親に面と向かってそう言われると、なんだか照れ臭い。


「…それで、大事な話というのはだな…」

「え、今の話じゃねえの?」

「ああ」


てっきり昇格が大事な話かと思い込んでいた俺は父さんの言葉に少し驚く。



「実はな…、フランスに行くことになったんだ」


父さんは俺の目から視線を外さずにそう言った。

フランスに行く…というのは、わざわざ報告するような大事なことなのだろうか。

父さんは今まで何度も出張で海外に行ったことがあるし、俺はそれを事前に把握はしてはいなかったが、それで今まで特に問題があったことは無い。

何故父さんがそんなことを言い出したのか俺は理解に苦しんだ。


「えーっと…、どういうこと?次の出張は俺達に先に言わなきゃ駄目なくらい長いの?何ヶ月?」

「…あなた、遠まわしに言わないではっきりと言わないと」


俺の言葉を聞いて母さんは溜め息を吐く。

その溜め息は理解できていない俺に呆れて出されたものかと思ったが、どうやら父さんに対してのものらしい。

そうだな、と父さんは一言呟く。

俺は父さんと母さんを交互に見ていると、直也、と父さんに呼ばれた。

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