俺は真由ちゃんが予想する未来とは、全く違う別のものを描いていた。
そのことを真由ちゃんは知るわけがない、一度頷いた俺に優しい笑みを浮かべた。
俺はこの時、静かにある覚悟を決めた。
「ただいま」
「おかえり、遊びに行ってたの?」
俺がリビングに入ると、母さんが夕食を作っていた。
振り返ることのない背中に、俺は言葉を掛ける。
「母さん」
「ん?」
「俺、フランスに行くよ」
蒼を泣かせてしまった日のことを思い出す。
俺達の意思が完全に違った、あの日。
苦しそうに、息を殺して泣いていた蒼。
これ以上、蒼を苦しめたくはない。
その為に俺ができることは、蒼と距離を置くことだけ。
この距離を保ち続ければ、いつかまた蒼と笑い合える日が来るのだろうか。
本当に、そうだろうか。
自惚れているかもしれない、けれど俺に対する蒼の気持ちは半端なものでは無いと俺は思う。
あの蒼が泣かなければならなかったほど、何か強い決意があったのだ。
きっと時間が経てば…、真由ちゃんはそう言ったけれど、俺はそうは思わない。
俺達のこの距離は縮まることのないまま、平行線を辿るような気がした。
同じ学校、隣の家…、手を伸ばせばすぐに届きそうな距離にいても、何も変わることはできないのではないだろうか。
少なくとも俺はきっと、何かあれば蒼に縋りたくなってしまうし、蒼が隣にいない寂しさを消すことはできない。
蒼が自分の方へ振り返ってくれないことは分かっていても、俺は彼の背中を見ずにはいられないのだ。
それならいっそ、本当に離れてしまう方がいい。
俺は本当に一人になって、心の整理をしなければならない。
フランス…、これはいい機会だったのかもしれない。
俺が、自立するため。
蒼をこれ以上苦しめないため。
そう心の中では何度も繰り返した、けれど本当の理由は、俺が今の距離に耐えることができないことだ。
ただ、俺は逃げたのだ。
だがこの際理由などもうどうでもいいのだ。
今回こそは変わろう、と俺は硬く握った拳に静かに誓った。