小説『君の隣で、』
作者:とも()

しおりをはさむ/はずす ここまでで読み終える << 前のページへ 次のページへ >>



俺は真由ちゃんが予想する未来とは、全く違う別のものを描いていた。

そのことを真由ちゃんは知るわけがない、一度頷いた俺に優しい笑みを浮かべた。

俺はこの時、静かにある覚悟を決めた。







「ただいま」

「おかえり、遊びに行ってたの?」


俺がリビングに入ると、母さんが夕食を作っていた。

振り返ることのない背中に、俺は言葉を掛ける。


「母さん」

「ん?」







「俺、フランスに行くよ」










蒼を泣かせてしまった日のことを思い出す。

俺達の意思が完全に違った、あの日。

苦しそうに、息を殺して泣いていた蒼。

これ以上、蒼を苦しめたくはない。

その為に俺ができることは、蒼と距離を置くことだけ。



この距離を保ち続ければ、いつかまた蒼と笑い合える日が来るのだろうか。

本当に、そうだろうか。



自惚れているかもしれない、けれど俺に対する蒼の気持ちは半端なものでは無いと俺は思う。

あの蒼が泣かなければならなかったほど、何か強い決意があったのだ。

きっと時間が経てば…、真由ちゃんはそう言ったけれど、俺はそうは思わない。

俺達のこの距離は縮まることのないまま、平行線を辿るような気がした。



同じ学校、隣の家…、手を伸ばせばすぐに届きそうな距離にいても、何も変わることはできないのではないだろうか。

少なくとも俺はきっと、何かあれば蒼に縋りたくなってしまうし、蒼が隣にいない寂しさを消すことはできない。

蒼が自分の方へ振り返ってくれないことは分かっていても、俺は彼の背中を見ずにはいられないのだ。



それならいっそ、本当に離れてしまう方がいい。

俺は本当に一人になって、心の整理をしなければならない。

フランス…、これはいい機会だったのかもしれない。



俺が、自立するため。

蒼をこれ以上苦しめないため。



そう心の中では何度も繰り返した、けれど本当の理由は、俺が今の距離に耐えることができないことだ。

ただ、俺は逃げたのだ。



だがこの際理由などもうどうでもいいのだ。

今回こそは変わろう、と俺は硬く握った拳に静かに誓った。




-50-
Copyright ©とも All Rights Reserved 
<< 前のページへ 次のページへ >> ここまでで読み終える