小説『君の隣で、』
作者:とも()

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◆第八話



俺がフランスに行くと決意した日から、目まぐるしく様々な準備が大急ぎで進められ始めた。

引っ越しの準備だけではなく、転校の手続きもしなければならなかった。

仕事が少し休みになる度に、父さんは戻って来て、三人で学校へ向かって先生と話し合った。

家にいる時は、これからのことを話した。



そうしている間にも時は流れ、あっという間に年が明け、気が付けば新学期初日。

今年は正月が無かったに等しい、初詣にも行っていないし、家でのんびりと過ごすこともなかったのだ。

この学校で過ごすのはあと半月と少し。

そう考えると寂しさは強くなり、気が滅入りそうになる。

だがその反面、残りの時間を有意義に過ごしたいという気持ちは強かった。



教室のドアを開けようと手を伸ばしたが、その手はドアに触れる前に止まる。

俺は少し考えた後、両手で両頬を叩いた。

少し頬がひりひりと痛んだが、暗い気持ちは吹き飛んだと思う。

よし、と誰にも聞こえないように言った後、俺はドアを開いた。

笑顔で過ごそう、そう決めた。




父さんの会社の計らいで俺の転校先は早急に決定された。

俺がフランスに行く場合に備えて、父さんは前々から会社に相談していたらしく、長年転勤先の方に勤めている知り合いとやり取りをして、いくつか候補を見つけていたようだ。

俺は、言語はもちろん、フランスの生活文化にも全く関わりがなかったので、候補に上がっていた内の一つである日本学校へ行くことになった。



時期的にも中途半端であるため、俺は次の学年から転入することになった。

高校一年次の単位に関しては、レポート提出で認めると先生達が考慮してくれた。

次の学校が始まるまでに早く向こうでの生活に慣れなさい、と先生は皆口を揃えて言った。


大人達は、外国といった今とは少し違った環境だと単純に捉えるだろうが、俺にとっては未知の世界なのだ。

不安がなかったわけではない、むしろ大いにあった。

けれど学校のことや今後の生活においての様々なことが次々と決定していくので、一つ一つ決まるごとに俺の不安は少しずつ軽くなっていった。



新学期が始まってすぐに担任が俺のことをクラスの皆に伝えたので、俺は忙しい日々の合間をぬっては友達との時間をつくった。

俺の事情を知ったクラスメイトは最後の思い出に、と俺を楽しませようと努めてくれている。

嬉しかった、一緒に街をぶらぶらと歩いたり、家でお菓子を食べながら喋ったり、ただそれだけのことだったが、俺は本当に嬉しかった。

彼らが掛けてくれる言葉から、俺のことを考えてくれているのだということが分かったから。



向こうに行っても頑張れよ。

ずっと友達だからな。

こっちに帰ってきたら、絶対に連絡してくれよ。



本当に友達でよかったと、彼らの言葉に頷きながら俺は思った。

ただ楽しくて仕方が無くて、俺は沢山笑っていた。



けれど、どんなに楽しくても、時折蒼の姿が脳裏に浮かんだ。


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