楽しい日々とはあっという間に過ぎるもので、学校生活は今日で最後となった。
フランスに発つのは、明後日。
父さんと母さんに無理を言って、可能な限り学校に行きたいと頼んだのだ。
俺の意思を汲んでくれた二人は今日までの登校を認めてくれた。
放課後出掛けようと俊吾と薫に誘われたが、俺は最後に先生に挨拶をしたかったので断った。
明日少しの間会おうと約束をして、一通りお世話になった先生に挨拶をし、教室に戻り、今に至る。
もうクラスメイトは帰った後で、今教室にいるのは俺一人。
窓側の列の後ろから二番目の席、窓の外を見るとグラウンドでは部活をしている生徒で活気付いていた。
もうこの教室に、この学校に来ることは無いのかと思うと、覚悟はしていたがやはり寂しい。
空はオレンジ色、もう少しすれば辺りは暗くなるだろう。
帰るべきなのだと思うのだが、もう少しいたい。
あと五分だけ…、そう思った時だった。
ガラガラ、と教室のドアが開く音が聞こえ、驚いてドアの方を見た。
「…あ」
蒼が、立っていた。
何故蒼がいるのだろうと俺は少し驚いたが、どうやら蒼も俺がいることに驚いたらしく、ドアを開けたまま俺の方を見て固まっている。
まともに目を合わせるのは久しぶりかもしれない、と冷静に考える自分がいた。
「…よっ」
「おう」
とりあえず右手を上げると、蒼から返事が返ってきた。
蒼と言葉を交わすのは久しぶりだ。
蒼から離れると決めてから、俺は蒼を避けていた。
蒼と話すこともなければ、見ることすらない。
決して蒼のことを嫌っているわけではなかったが、俺の世界からなるべく蒼を消したかったのだ。
それが、離れることだと思ったから。
けれど今は教室に二人しかいない。
無視をするわけにはいかない。
「どうしたんだ、こんな時間に」
「いや、忘れ物してさ。明日出さないといけねえから取りに来た」
そう言いながら蒼は自分の席へと歩いて行く。
真ん中の列の、一番後ろ。
俺からの席は近いようなそうでないような…まるで今の俺達。
「直也は…何してるんだ?」
蒼は机の中からノートを取り出すと、俺の方を向きそう言う。
「えーっと…最後の教室を堪能してます」
上手い言葉が見つからなくてぎこちない敬語でそう言うと、蒼が小さく笑う。
久しぶりに見た、こんな顔。
静かに笑う彼を見て、何故か胸がきゅっと締め付けられるのを感じた。
「…帰らねえのか?」
蒼は至って普通に話すが、久々に面と向かって話されると緊張する。
今まで多くの時間を共に過ごしてきたというのに、たった少しの間に彼との話し方を忘れてしまった、そんな感じだった。
けれどとまどいの中に、小さな居心地の良さを感じた。
やはり蒼は俺の幼なじみで親友だったという事実は変わらないのだ。
「もう少ししたら帰るよ」
「そっか。…なあ」
「ん?」