小説『君の隣で、』
作者:とも()

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◆第九話





今日は、フランスへ発つ日。



昨日父さんが帰って来て、いろいろと慌しく準備をしていた。

父さんはフランスに行くと決まってからも相変わらず忙しく仕事に励んでいた為、仕事の合間をぬって帰って来ていたとはいえ、準備は疎かになっていた。

俺はそんな父さんの荷造りを手伝った。



俺達がフランスに発ってから、この家のことは親戚に任せることになっていた。

日本に帰ってきた時の為にこの家はとっておくそうだ。

またこの家に帰って来れるのかと思うと、いつになるかは分からないとはいえ、未来に少し明るさが増すというものだ。



やはり前日はいろいろと慌しくなり、あっという間に時間が過ぎてしまう。

気付けば夕刻、俊吾と薫が家までやって来た。

思い出話などで楽しく話をしていたのに、俊吾が急に感極まって泣き出してしまうものだから、俺と薫もつられて泣いてしまった。

離れるのは凄く寂しくて仕方が無かったけど、俺の為に泣いてくれる友達を持てて俺は本当に幸せ者だ。



薫は、蒼のことについて何も触れることはなかった。

俺も薫に何も言わなかった。

俊吾は何も知らないし、どうせ俺は遠く離れたところに行ってしまうのだから、もう何も話さないままでいいと思ったのだ。






「何か、飲み物でもいるか?」

「いや、俺は大丈夫」

「あたしお茶が欲しい」


検査やら何やらをいろいろ済ませ、やっと解放された俺はベンチへと腰を下ろした。

搭乗時間まではまだ時間がある。



父さんと母さんと三人揃って空港にいると、小さい頃に行った旅行を思い出す。

未知なる世界へ向かう時のあのわくわくとした冒険心。

ただ、今はあの頃と比べると幾分か俺も大人になり、これは冒険でも無ければ旅行でも無いことを俺はきちんと理解している。

帰ってくるのは、何年も先。


「じゃあ、父さんはちょっと飲み物を買ってくるよ」

「わかった、いってらあ」


手をひらひらと振ると、父さんも同じようにひらひらと振る。

その後俺達に背を向けると、父さんは自販機を探しにどこかへふらふらと歩いて行ってしまった。


「母さんちょっとお手洗いに行ってくるわ、荷物見ておいて」

「了解」


そう言うと、隣に座っていた母さんもベンチから立ち上がり、さっさと歩いて行ってしまった。




俺は知らない人達が行き交う通路に沿って設置されているベンチに座り、ぼーっと外を眺めた。

硝子の向こう側では大きな機体がゆっくりと動いている。



蒼からの電話は、まだない。

よく考えてみれば、俺達が乗る飛行機が離陸する時間は昼休みに入って少しした頃。

もしかすれば話す時間はほとんど無いのではないだろうか、そう気付いたのはたった今で、なんでもっと早く気付かなかったのかと軽く自分を責めたい気持ちになった。

まあお別れの言葉が言えたらそれだけで…、そう思った時だった。



ポケットからリズム良く振動が伝わる。

慌てて携帯を取り出すと、画面には蒼からの着信が示されていた。

まだ授業中なのに…、そう思いながらも、俺は通話ボタンを押して電話に出た。


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