「もしもし」
『もしもし…、俺だけど』
電話越しからは、当たり前だが蒼の声が聞こえる。
耳元で聞こえる彼の声に俺の胸は少し高鳴る。
今までよりもこの声が愛しいと思うのは、きっと俺が本当の想いに気付いたから。
込み上げてくるものをぐっと堪えて、俺は平常心を保った。
「…今、授業中じゃ…」
『途中で抜けて来た、今屋上』
そう言った蒼の声の後ろで、風の音が聞こえる。
「寒くない?」
『ちょっと…、でも大丈夫』
大丈夫、というものの、蒼は吐く息は少し震えているように聞こえた。
昼とはいえ、まだまだ寒い。
屋内に入るように促そうかと思ったが、授業中に電話をできる場所など屋上しかないだろうと思い、俺は蒼の強がりに甘えることにした。
『次、会えるのいつだろうな』
「分かんねえ。ま、次に会う時の俺はフランス語ぺらぺらだぜ」
『ほんとかよ、英語も儘ならないくせに』
電話越しに笑う蒼の声は、柔らかくて心地良い。
今、蒼は俺の耳元ではなく遠くで笑っているのに、何だか耳の辺りがくすぐったいような感じがする。
想いを伝えたい、そんな考えが頭を過ぎる。
けれど伝えたところでどうするのか、これから離れ離れになるというのに。
言えば、辛いだけなのだ。
『もし…さ、』
「うん」
『俺が大学生の間に帰って来たら、俺にフランス語、教えてくれよ』
「えっ…、蒼、フランス語の勉強すんの?」
こんな時に大学の話をするとは思っていなかったので、俺は少し驚きながら言葉を返した。
『フランス語だけってわけじゃねえよ。…俺さ、大学に進学して歴史を勉強したいんだ。特に西洋の』
「…そういえば、蒼って昔から歴史に興味があったよな。本とかいろいろ読んでたし…」
蒼の言葉を聞いて思い返してみると、蒼は俺といる時もたまに本を読んでいた。
何度かどんな本なのかを聞いたことがあるけれど、難しそうな本だったので、興味はわかなかったが。
『そう、だからフランス語を勉強しても損にはならないって訳。むしろ特』
「なるほど。じゃあ俺、蒼の為にばっちりマスターしてくるから」
蒼は、未来のこともきちんと見据えている。
俺は明日明後日のことで不安になっているのに…。
蒼の未来を応援したい、協力できることは協力したい。
珍しくやる気になっている俺に蒼は少し笑う。