今朝到着したばかりの部屋はまだ殺風景で、数個のダンボールが無造作に床に置かれている。
中身を整理しようかと思ったが、まだ家具が一つも無いので止めておくことにした。
壁に凭れ掛かり、向かいの壁をぼんやり見つめる。
そんなことを始めて数時間が経った。
何も考えていない訳ではない、これからの自分の未来を思い描く、そして…。
とん、とん、と少し遠くで聞こえる足音が耳に入る。
何故だろう、覚えようと思ったわけでも覚えていると自覚していたわけでもないのに、この足音が誰のものなのか、すぐに分かる。
俺は少し頬を緩めながら、ゆっくりと立ち上がった。
足音は次第に自分の所へと近付いてくる。
玄関へと歩いて行くと、俺が足を止めたのと同時に、カチャリと鍵を開ける音が鳴り、ドアが開かれた。
「おかえり」
ドアを開いた彼に軽く右手を上げながらそう言うと、言われた本人は目を見開いて硬直した。
久々に見た彼は、以前よりも少し大人びている。
俺はそんな彼を見て思わず笑みを零してしまう。
「……は?」
数秒の後、やっと彼の口から発せられた言葉はどこか間抜けで気の抜けるような声だった。
「おかえり」
「…いや、おかえりじゃねえだろ」
何かとんでもないものを見るような目で俺を見ていた彼は、次第に不機嫌さのようなものを滲ませ始めた。
やばい、怒る、そう思った俺は慌てて弁解する。
「ごめんごめん。ただいま、だよな」
「そういう問題じゃねえ」
俺の弁解は彼の不機嫌な要素を取り除くには全く役に立たず、俺は苦笑いを零す。
「…何で、お前がここにいるんだよ…」
数秒の沈黙の後、彼は顔を伏せながらそう言った。
急にしおらしくなる彼に俺は少し驚いたが、彼の声から戸惑いと弱さを感じ取った。
何だか以前よりも彼が小さく見えて、俺は堪らなくなって彼の腕を引いた。
急な俺の動作に抵抗する暇もなく、されるがままに彼は俺の胸へと導かれる。
そんな彼を、俺は力いっぱい抱き締めた。
「帰って来た」
俺の言葉に、びくりと小さく動く肩。
「ただいま、蒼」
「…」
「蒼に会いたいから、帰って来た」
腕の中の彼は、まだ顔を上げてくれない。
それでも触れ合っている部分から伝わる彼の体温が温かくて、俺は温かい気持ちになった。
彼の肩に顔を乗せ、目を閉じながら言葉を続けた。
「俺、変わりたかった…蒼にふさわしい男になりたかった。だから一人で頑張ったよ。…辛い時は、蒼を思い出してた」
「…直也」
「早く蒼に会いたくて、父さんに相談したんだ。そしたら、こっちの大学に受かったら帰ってもいいって言ってくれて」
「…」
「でも、甘えてばっかじゃ駄目だって思った。だから真由ちゃんに蒼が受ける大学を聞いて、俺もその大学のレベルまで追いつけるように毎日勉強して、合格して…」
「…ちょっと待て」
俺の言葉に蒼は割って入ると、顔を上げて俺の目を見た。
やっと顔を上げた、そう思ったのに彼の顔はどこか不機嫌そうだ。