蒼の首元に顔を埋めたままそんなことを考え、気が付けば数秒。
浴びせられると思った罵声の言葉は蒼の口からは出ず、というか、話すどころか息すらしていないのではないかと思うくらい、蒼の体が硬直していることに気付く。
不思議に思い、首元から顔を離し蒼の顔を覗いた。
意外にすぐ近くに顔があったことに驚いたが、それ以上に驚いたのは蒼の表情だった。
俺は目を見開いた。
だっていつもクールで男前な蒼が、ぎゅっと目を瞑って顔を真っ赤にしていたのだ。
なんだ。
何がどうしたというのだ。
「蒼、具合でも悪いのか?」
「…は?」
俺の言葉に少しの間を置いて、蒼が薄っすら目を開ける。
顔はまだ赤かったが、瞳はいつもの俺を少し馬鹿にするような色を含んでいる。
蒼の口から発せられた気の抜けるような声に、どうやら俺は的外れなことを言ったらしいことがわかった。
確かに今朝から共に過ごしていた間も蒼は特に体調が悪いといった素振りを見せなかったので、きっと具合は悪くないのだろう。
けれど顔が赤くていつもと様子が違ったから、俺は熱でもあるのかと思ってしまったのだ。
いや、もしくは熱中症かもしれない、蒼も言っていたし。
「顔が赤いからさ、熱中症か何かだとやばいじゃん。気分悪くねえか?」
「…ばあか、陸上やってたやつがこんなことでやられるかよ。てかいい加減離れろ」
「うわっ」
蒼は軽くぽんっと俺の両肩を押した。
そんなに力は入っていなかったが、突然のことだったので俺は咄嗟に後ろに手をついた。
『…リレーに出場する選手の皆さんは…―――』
その時、アナウンスが鳴った。
「ほら、行くぞ」
蒼は先に立ち上がり、俺へと手を伸ばす。
先ほどは違って、蒼はもういつもの蒼に戻っていた。
さっきのは何だったのだろうと頭の隅で思いながら、蒼の手を掴む。
引っ張られ立ち上がった俺の背中を二回軽く叩くと、蒼はにっ、といつもの笑顔を俺に向けた。
「頑張ろうぜ!」
そう言って先に駆けて行った蒼は、やはりいつも通りかっこよかった。
俺は頭の中にあった小さな疑問がどうでもよくなって、口元を緩め、そして駆け出す。
「待てよ!」
少し速めに走り蒼に追いつくと、先ほど蒼が俺にしたように、俺も蒼の背中を叩いた。
「絶対一位になろうぜ!」
笑顔でそう言った俺を見て、蒼は笑顔で頷いた。
あれから俺達は体育祭を終え、夕刻まで全校生徒でグラウンドの後片付けをし、今は蒼と家へ帰る途中。
クラスの成績は下から数えた方がはやいくらいぱっとしない結果であったが、リレーはなんと一位だった。
「やっべえ、何度思い出しても興奮するわ」
俺は数時間前の出来事を何度も思い出しては、何度も笑顔になる。
そんな俺を見て蒼は苦笑いを零していた。