【重吾side】
重吾「今日も一日頑張るぞ!」
昨日のちょっとした事件から完全に回復した重吾は、朝の日差しが窓から差す廊下をハイテンションで歩いていた。
すれ違う女子生徒達は、そんな重吾に視線を向けてくる。
だが重吾は別段気にした様子も無く、自分が勉学を学ぶ教室を目指した。
重吾「ふふ〜んーーー痛ッ!?」
廊下の曲がり角を曲がった際、誰かとぶつかってしまい尻もちをついてしまう。
重吾「ご、ごめんさい! 前見てなくて」
ぶつかった相手に謝罪の言葉を贈った重吾は、自分同様尻もちをついてしまった相手に手を差し出した。
簪「わ、私も見ていなかったから……」
ぶつかった相手が自分の手を掴んだのを確認し、重吾はグイっと引っ張って立ち上がらせてあげる。
その時に余り重みを感じなかった事に対し、やはり女の子だなと、頭の四隅で考えてしまった。
重吾「怪我とか無いですか?」
簪「う、うん……平気……え?」
重吾「………あれ……」
重吾の身体から嫌な汗が吹き出してくる。夏でもないのに汗が止まらない……主に冷や汗だが……。
重吾「じゃあそういう事で!」
ーーーガシッ!!
頭や身体から発せられる危険信号に素直に従った重吾は、ぎこちない笑みを貼り付けてこの場から立ち去ろうとしたが、服の端を掴まれ逃げる事が出来なくなる。
なんだ……悪夢かこれは。昨日重吾が話しかけ、無視という精神ダメージダイレクトアタックをかました女の子と鉢合わせするとは……。
重吾( あ、悪夢再びってやつか?……そんな馬鹿なぁ〜)
ここは無理やりにでも立ち去ろうとするが、女の子の服を掴む力があり得ない程強い。絶対女の子が出せる腕力では無いと思う。
重吾「ご、ごめん。そ、そろそろォ!! 離してェ!! くれないかなァァァ!!!!」
簪「い、嫌……うぅぅ」
重吾と女の子との壮絶な綱引きが始まる。
何故だ。何故男である重吾の力で引き剥がせないのだ。これはおかしいぞ本格的に。IS学園の女子生徒はバケモノか?
重吾「ふんぎぎぎぎ!!!!」
簪「く……くぅぅぅ……!!」
駄目だ。こんな事を続けていたら、重吾の制服が大変な事になってしまう。いや、もう既に繊維が千切れていく音が微かに聞こえている……このままでは本当にヤバい
重吾「( こうなったら……) あ!! UFOだ!!!!」
簪「え……!?」
重吾「おっしゃぁぁぁ!!!!」
簪「あッ!? ま、待って!!」
嘘を憑いて離脱という何ともせこい手段を使った重吾は、風よりも速いスピードで教室を目指し、この場を去っていった。
簪「また……名前言えなかった……」
…………
…………………
…………………………
…………………………………
重吾「ぜぇ……ぜぇ……なんとか逃げれた……」
壁に手を付いた重吾は、肩で激しく息をしながら安堵の表情を浮かべた。
重吾「ーーーさて、逃げれたことだし教室に向かおうかな」
息切れを落ち着かせ、乱れた制服を整えた重吾。気持ちを切り替え教室を目指す。
重吾「……………」
だが重吾の足は、一向に教室への一歩を踏み出そうとしない。
何かを躊躇っているのか?
今の重吾はそんな風が感じ取れた。
重吾( もし……もしこのままあの子を放っておいたら……なにかとんでもなく後悔しそうな……)
奥歯を噛み締めながら、行こうか行かまいかのせめぎ合いに立たされる。
確かにこのままあの女の子を無視したままで、果たして本当に楽しい学園生活など送れるのだろうか?。このまま気まずいままで。
………正直に言ってしまうと送れない気がする。
重吾は女の子こそ苦手だが、仲良くはしたいと思っている。いわば照れ屋でチキンなだけなのだ……チキンな……だけなのだ……。
だからこそ今、重吾は教室に向かえていない。女の子の所へ行くための決意を決めようとしている。だけどその決意が未だ出来ていないのは、恥ずかしさというのが邪魔しているからなのだろう。
重吾「一歩だ一歩。一歩踏み出しゃあ女の子と一緒に教室まで……行けるんだぞォ!!」
クルリと身体を方向転換させた重吾は、女の子と別れた場所まで戻ろうとする。
もしかしたらもう居ないかもしれないが、意地でも見つけてやると心に決めた。
重吾「やれば出来るさ井伊月 重吾。不可能を可能に、努力を成功に持って行こうぜッ!! 待ってろよォォォ!!!!」
◇◇
【簪side】
簪「また……言えなかった……」
重吾に強引に去られ、一人残された簪は深い深いため息を吐いた。
簪「……やっぱり無視した人となんて話せないよね……」
昨日の出来事を思い出し、自虐的に笑う。
ーーー仲良くしたい、簪はそう思っている。だが最初が最悪すぎた。誰でもそうだ、話しかけたのに無視した奴など好意的にみれない。
そう、全ては自分が悪い。
内気で、根暗で、何も才能が無い自分が全部ーーー
簪「……………」
やはりこんな自分が欲張ったのが駄目なのか………いや、こんなネガティブ思考だからこそそうなってしまうのか……。
……行こう。このまま此処に居ても惨めなだけだ。一人寂しくいつもみたいに教室に向かおう。
『ぉ〜ぃ』
簪「…………今……声が……?」
声が聞こえ、何かと立ち止まる簪。
しかし辺りを見渡しても誰も居ない。空耳か?
『おォォォォォい!!!!』
簪「……………ッ!?」
ーーー聞こえた。今度はハッキリと、耳に伝わってきた。
簪は後ろを振り返る。すると向こうから凄まじいスピードでこちらに向かってくる人影が確認出来た。
だんだんとその人影の姿が見えてくる。
簪「あれって!?」
その姿が完全に見えた瞬間、簪は驚きに目を見開いた。
ーーーその人物とはーーー
重吾「ハァハァ……へ、へいそこのお嬢sゲホッゴホッ!! ごめん一旦タンマ……よし、へいそこのお嬢様さん!! 俺と教室までどう?///」
簪「………………」
さっき逃げる様に自分から去っていった人物、井伊月 重吾だった。
重吾「どうだい? 俺と教室まで一緒に……だぁぁ!! 恥ずかしいわッ!! 何でこんなミスったナンパみたいな事言ってんだよ!!」
簪「…………クスッ」
重吾「今笑った?」
簪「あ……ご、ごめんなさい……」
重吾「いいよいいよ! 無言でいられたほうがもっと辛いからさ。アハハ……」
簪は妙にハイテンションな重吾を見て、ほっこりした様な気分になった。
やはり何だろうか……この井伊月 重吾という男からは何かを感じる。優しい気持ちになれる。壁を感じさせない。まるで昔から親しかった様な……そんな感じだ……。
簪「教室まで……行こ?」
重吾「い、いいの!?」
簪「授業に遅れちゃうよ?」
重吾「やっべ! 早く行こうよえ〜と……」
簪「簪……更識 簪だよ……」
重吾「更識さん。更識さんね。俺は井伊月 重吾……って二回目か」
簪「よろしくね井伊月君」
重吾「よろしくお願いします更識さん///」
互いに笑い合い、教室を目指す二人は、仲の良い恋人同士に見えたような見えなかったような……。
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【楯無side】
いつも通りの忙しい生徒会室。書類が散乱し、変わりなく汚い。
重吾「ふ〜ん♪ ふふ〜ん♪」
確かにいつも通りの忙しい生徒会室だったが、今日はいつも多くの仕事を押し付けられ、文句を垂れる重吾の様子が少し違った。
楯無達もそれには気付いていたが、何故か話しかけづらかった。何というか、笑みを崩さない重吾が妙に気味悪かったのだ……。
楯無「……ね、ねぇ井伊月君…」
だが楯無は勇気を振り絞って話しかける。
なるべく平静を装って話しかけたつもりだが、重吾からオーラを感じる。『俺は今フィーバータイムだぜ!! ヒィィィハァァァ!!!!』的な。
重吾「何です会長♪」
楯無「妙に上機嫌だけど……何かあったの?」
重吾「いや〜まあ〜その〜……えへへ♪」
楯無「……………」
何故上機嫌なのか問いを贈ったのだが、重吾は答えを出さず。それどころか笑顔を更に崩してにんまりと笑った。
その反応に楯無は、言語が伝わらない外国人と対面した時の様な感覚に陥り、頭がフラつく。
楯無「な、何があったか聞かせてくれないかしら?」
しかし根性で持ち堪え、再度重吾に挑戦する。
重吾「ええ〜? しょうがないですね会長。仕方なく聞かせてあげますよ〜♪」
得意げな顔を浮かべる重吾の顔がイラッとしたのは、誰にも秘密だーーーーー
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……………………………
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楯無「へぇ、無視された女の子と友達になれたの? 良かったじゃない」
重吾「はい……もうメッチャ嬉しいです♪」
虚「だからさっきから機嫌が気味悪い程良かったのね」
重吾「いま地味に酷いこと言われた気が……でもまあどうでもいっかぁ♪」
楯無「いや〜ん♪ 何かムカつくぅ〜♪」
重吾「いや〜ん♪ アイアンクローでスキンシップなんて、あーたーらーしーい〜♪」
重吾の上機嫌の謎が解け、スッキリした楯無は、笑顔で重吾の頭を鷲掴みにする。
痛みは壮絶な筈なのだが、重吾は痛がるそぶりを見せない。変わりに満面に笑みを見せる、楯無と同じ様に。
本音「ほえ〜。いづき〜は凄いねお姉ちゃん」
虚「駄目よ本音。あれは井伊月君だけ」
本音と虚は、仲良く接し合う重吾と楯無を見ながら、止まっていた書類の整理を進めた。
楯無「あはは。良かったわね井伊月く〜ん♪」
重吾「本当ですよ〜。あははは♪」
楯無は更に握る力を強めると、重吾の頭蓋からミシミシと何かが軋む音が聞こえ出す。その音が聞こえ出したと同時に、今まで笑顔を崩さなかった重吾に変化が表れ、次第に顔を痛みで歪めていく。というよりここまでされてやっと痛みを感じる方が異常だと思う。
楯無「……………」
重吾「痛い痛い!! 会長、凄く痛い!! 何か頭がミシミシ……いや、ベキベキに変わりましたぁ!!」
重吾が限界に達して悲鳴を上げる。
ジタバタと暴れ、必死になって楯無の拘束から逃れようと藻掻くが、楯無が一向に力を緩めようとしない為、ビクともしない。
楯無「飽きたわ」
楯無はポイッとソファーの方に重吾を放り投げ、扇子を広げる。
放り投げられた重吾はソファーの弾力で大きく一回バウンドし、グッタリと屍の様に倒れこんだ。
虚「大丈夫ですか井伊月君?」
重吾「……………」(グッ
虚が大丈夫かと尋ねると、サムズアップをしてきたのでどうやら無事の様だ。あれだけされて生きているとはなんて生命力だろう……。
楯無「でも、井伊月君と仲良くなったって子。お姉さん気になっちゃうなぁ♪」
虚「あ、私も思います」
本音「あたしも〜♪」
楯無は扇子をしまうと、倒れこんでいる重吾を強引に座らせ。頬をペチペチと叩いて目を覚まさせる。
重吾は眉間に皺を寄せた後、パチリと目を開き。虚がホッとするようにと用意した紅茶を受けとった。
楯無「で? その女の子ってのはどんな子?」
目をキラキラとさせ、興味深々といった感じでがっつく。
そんな楯無に重吾は苦笑いを少し浮かべ、紅茶を一飲みすると、友達になった女の子の事について語り出した。
重吾「そうですね〜……可愛いですね……///」
虚「あらあら。ふふッ」
頬を赤で染めた重吾をからかう様に虚は微笑む。
楯無も赤くなった重吾が可愛いなぁ……と心の中で思いながら、もっと詳しく聞きたいと身を乗り出した。
重吾「ちょっと物静かな子で……クールな感じですね」
本音「いづき〜とは全然違うねぇ〜。同じ学年なのにぃ」
重吾「なッ!? ちょッ!! のほほんさん、俺がその気になればハードでボイルドな男に早変わりだよ!!」
楯無「ないわね」
虚「ないですね」
本音「ないね〜」
重吾「………………」
ヤバい。少し意地悪だったか? 重吾の瞳が潤んできている。
……だが何だろうか……瞳を潤わす重吾を見ているといけない性癖に目覚めてしまいそうな……。
楯無( 何考えてるのよ私ったら……でも何かそそるわね……///)
虚「お嬢様……」
楯無「べ、別に井伊月君が潤んでるのが可愛いなんて考えてないわよ虚ちゃん!!」
重吾「そうですよ虚先輩。見てください、あの会長のドス黒い笑み。まるで小動物を狙う肉食動物ぅぅぅぅ!!!!」
楯無「誰が肉食動物よ。誰が」
再びアイアンクローを繰り出した楯無は、重吾を充分にいじめ、再び話しを再開させた。
重吾「そういえば会長と同じ苗字でしたね。更識 簪って……いやぁ、珍しい」
楯無「…………え?」
今……何と言った? 更識 簪と言ったか?
楯無はその名を聞いた瞬間、目を伏せる。重吾は急に雰囲気が変わった自分を心配したのか、下から顔を覗き込んで様子を伺ってきた。
楯無「それね……私の妹なの……」
重吾「へ、へぇ! 会長に妹なんていたんですね!!……会長?」
楯無「ごめんなさい。ちょっと用事を思い出したわ……」
重吾「え? ちょッ! 会長!!」
突然去って行こうとする楯無を、重吾は呼び止める。
しかし楯無はそれ以上は何も言わず。生徒会室からスタスタと出て行った。
いけない事だとは分かっている、だけど今の自分には制御する事が出来ない。頭の中がグルグルグルグルとかき混ぜられ、思考がグチャグチャになった自分には。
楯無「簪ちゃん……!!」
◇◇
【重吾side】
ーーー楯無が出て行き、息苦しい空気が生徒会室を支配していた。
重吾「会長……」
重吾は何故楯無があんな様子になったのかが分からず、もしや失礼な事を言ってしまったのかと心配になる。
虚「井伊月君……お嬢様はね、妹さんの簪ちゃんと喧嘩してるの……」
重吾「……え…」
それを聞いた重吾は、自分が楯無に触れてはいけない事を口走っていたことに気が付き、やってしまったと顔を手で覆った。
そうだ、でなければいつもの明るい楯無があんな暗い表情で出て行く筈が無い。完全に重吾のミスだ。
重吾「俺……会長捜してきます!」
重吾は生徒会室を勢いよく飛び出し、走りーーー名を呼びーーー汗を流しーーー懸命に楯無の姿を捜す。
しかしIS学園の廊下や教室をいくら覗いても、楯無は一向に見つからない。時間だけが過ぎていく。窓を見れば赤い夕日が空を染めていた。
重吾「会長……何処にーーーあれって!?」
ーーー楯無捜索に一瞬諦めかけたその時、見覚えのある後ろ姿が視界に入る。
青い髪に、堂々とした……いや、今は妙に弱々しい背中はーーー
重吾「会長ォ!!」
重吾は楯無の背中を見た瞬間、今までの捜索の疲れなど見せない走りをみせ、楯無に駆け寄った。
楯無「あら、井伊月君」
楯無はいつもの様にニッコリと笑い、先ほどの態度など感じさせない。
ーーーだが、僅か……ほんの僅かだが悲し気な表情をとったのを重吾は見逃さなかった。
重吾「捜しましたよ会長〜。ホントにもう」
重吾も笑顔を浮かべ、楯無の横に並ぶ。
楯無「いいわよ別に。私を心配してくれたんでしょ」
重吾「バレちゃいましたか」
楯無「あたり前よ……」
まただーーーまた悲し気な顔をした。
嫌だ、悲し気な顔をしないでほしい。
いつもの様に屈託ない笑顔を見せてほしい。
無理をしないでほしい。
重吾は笑顔の表情の奥で、様々な感情を一斉に溢れさせた。
重吾「聞きましたよ虚先輩から……」
楯無「……そう」
重吾「……………」
そこで会話は途切れ、重吾と楯無が歩く音だけが響く。カラスが鳴き、IS学園の時間を告げる音が空気を震わした。
重吾「頼って……頼ってくださいよ」
楯無「…………」
重吾「妹さんと仲良くしたいんでしょ?……分かりますよ、会長が妹を大好きだってことが」
楯無「………そうなの……」
楯無が簪とどういった経緯で喧嘩しているのかは分からない、分からないが力になりたい。自分が愉悦を味わう為で無く。純粋に楯無を助けてあげたい。その一心だった。
簪と仲直りするのなんてどうでもいいと言うのであれば、重吾はもう何も言おうとは思わない。それは人の勝手だ……しかし楯無は……楯無は簪の事を本当に大事に思っている。重吾にはそれが分かる。
大事で無ければ、簪の事についてにここまで落ち込む訳が無い。大事に思っているからこそだ……。
楯無「はぁぁ……駄目ね私」
重吾「あう」
楯無は大きく息を吐くと、重吾の頭を乱暴撫で、笑顔を浮かべる。その顔はいつもの楯無の顔だった。
楯無「じゃあ手伝ってもらいましょっかね♪」
重吾「はいッ♪」
完全復活した楯無は、重吾の頭から手を離し。懐から扇子を取り出していつもの様に口を隠す。
重吾をただそれだけの行動に、湧き上がる嬉しさを抑えきれずに微笑みがこぼれた。
楯無「な〜に笑ってるのよ井伊月く〜ん?」
重吾「えへへへ♪ 何でも無いっすよ会長」