小説『影は黄金の腹心で水銀の親友』
作者:BK201()

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閑話 ティベリウスの忠義





では一つ、皆様にこの世界の違和感をお伝えしようではないか。まず一つ、彼らは何者なるや否か?
そう『七皇帝の分体』の事だ。七といいつつもこの実態は六人だが、その中で一人、ティベリウスについてお教えしよう。

まず、すべからく彼らは全員が元となる人物を用意されている。彼らはその記憶を持ち、それぞれがそれを基にして人格を形成しているのだ。故に彼はヴィルヘルムに忠を誓った。では、つまらなくはあるだろうがそんな彼の話を見てもらうとしよう。正直、マルグリット以外、如何でも良いのだがね……




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1943年8月、当時まだ新兵だった■■■■は彼らの戦いを見ていた。オスカー・ディルレワンガー隊によるパルチザン掃討作戦。その中で一人、吸血鬼がいるのを彼は見た。

他者からみれば虐殺としか言いようの無い景色。それは血と硝煙を含んでおり大半の人はそれを忌避したことだろう。だが、ここが戦場である以上、逃避などは認められない。新兵であっても仕事はいくらでもある。しかし、彼はそれら総てを捨て置いても認められないことがあった。そして、じきじきに隊長に訴えていた。

「隊長、彼らの行動を見逃せというのですか!!」

オスカー・ディルレワンガー隊、ドイツ人によって構成された部隊だが(一部ウクライナ人なども存在したが彼はそれを知らない)彼らはドイツ軍内部でもつまはじき者として扱われている部隊。そんな彼らが今回の作戦において参加しており明らかに虐殺行為とも言えることをしていた。それを許容できなかった彼は態々自分の部隊長の下まで来て、それを抗議しに来ていた。

「そうは言ってもな■■■■上等兵。上はあれのあり方を認めてるんだ。そうである以上、ドイツ人ですらない下士官の俺では文句の言いようも無い。諦めろ、それが戦場だ」

「そんな、どうにかならないのですか!彼らは捕虜を虐殺するどころか民間人にまで被害を加えているのですよ」

尚も引き下がることが出来ず自らの部隊長に彼は抗議を続ける。しかし、そんなことをいっても何も解決しないと部隊長は説得して止むを得ず彼は諦めることとなり、退室する。

「ああいうのが、上に就いてくれれば俺らも楽できるんだがな」

彼が退室した後、そう部隊長が呟いたという。



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それからしばらく日がたち、敵が夜襲を仕掛けてきた。部隊は混乱に陥り、現地の民間人の生き残りも当然の様に反旗を翻す。夜で荒くれ者が多いという状況もあり、ドイツ軍はまともに態勢を整えることが出来ず、戦況は完全にソ連軍に傾いており、それどころか壊滅的な打撃を受け始めていた。

「隊長ッ、隊長ッ!無事ですか。すぐにでも部隊の再編を―――ッ!?」

彼は襲撃を受けた一角に訪れ、隊長を発見したが銃弾を受け既に事切れていた。その後も各地で部隊を何とかまとめているようだったが、戦力の差は絶大でとてもじゃないが勝てる見込みなど存在していなかった。

「ちくしょう、どうすれば。そもそも夜警の担当はあいつらだっただろうに何をしてたんだよ……「いたぞ、ドイツの奴らだ!!」クソッ!」

愚痴りながらも逃げに徹する。武器は拳銃とKar98kのみであり、追ってくる軍勢を相手に勝てるような装備ではない。必死に生き残りと共に逃げながらオスカー・ディルレワンガー隊以外の部隊の指揮官を探す。しかし、

「グッ!?」

一人の味方が脚を撃たれ、その場に倒れこむ。新兵であった彼はそれが人釣りであることを理解しながらも助けずにはいられなかった。

「大丈夫か!?」

しかし、まともに歩けない兵士を運びながら逃げ切ることなど出来ず、ソ連兵に追い詰められる。

「ク、ただで殺されてたまるか!」

せめて一矢報いようと敵に向けて拳銃を構える。だが、ソ連兵は見える範囲だけでも数え切れないほど居り生き残ることは絶望的だった。
そんな中、突然夜が変わりだす。まるで今までの夜が昼だったかのように暗く、重く圧し掛かる。

「おうおう、随分楽しそうな状況じゃねえか」

白皙の魔人、死森の吸血鬼。突如現れたその存在感に圧倒される。ソ連兵だけでなく彼自身もその横に抱えていた負傷兵すらも全ての人間が目の前の吸血鬼に圧倒されていた。

「て、敵は一人だ!撃ち殺せ!!」

隊長と思わしき人がそう命令する。命令に従った部下達は銃を構え撃ちだすがそれは意味を成さなかった。

「オラオラオラッ、もっと気張れよォ!」

放たれた銃弾は弾かれ見るからに負傷した様子は無かった。全員がその様子に驚愕するが白皙の魔人は気にすることなく敵に突撃する。
その後の様子は凄惨の一言に尽きる。彼はそれに驚愕しつつも同時にある種の納得をしてしまった。アレだけ強いのなら戦場に爪弾きされるのも当然だ。そして、その上で彼の心は囚われた。見てしまった以上、アレから逃れることは出来ない。彼に付き従いたい。彼に仕え続けたい。人一倍真面目だった故に彼はそれを直視してしまい、同時に理解したのだ。

その後、彼は中尉の部隊に転属を願い続けるもそれが叶うことは無かった。



******



ベルリンは焼かれ、一人走り続ける。

「こんなとこで死ぬなんて情けない」

あの吸血鬼なら戦場を駆け巡っていたことだろう。それだけに悔しい。彼はヴィルヘルムに仕えたかった。それが叶うことはなく、自分の命は今はかなくも消え去ろうとしている。

(じゃあ、諦めるのかい?そのままそこで倒れ伏して望みを叶えることなく死んでいくのか?)

否、否だ。そのような結末を認めたくは無い。だが、当然の摂理として自分は死に体で今更出来ることなどない。

(ならば切欠を用意しよう。魂を人工的に作り出す技術。今それに困窮しているんだ。もしよければ実験台にならないかい?うまくいけば彼に仕える機会もありえるかもしれない)

ならば、ぜひそれを。たとえどれ程可能性が低いものであろうとも彼に仕えたい。たった一つ、その願いを……。

(ならばここに契約は至った。君はここで死ぬ。それに変わりは無い。だが、全く新しい魂として記憶も精神も感情も同じままに蘇ることとなる)

そして、六十年たった現代においてヴィルヘルム・エーレンブルグ=カズィクル・ベイに仕える魂ティベリウスは誕生した。しかし彼の記憶、精神、感情が■■■■と全く同じかはもはやアルフレート以外知るものはいない。

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