小説『影は黄金の腹心で水銀の親友』
作者:BK201()

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第十四話 激動と共に訪れる変化





鎖を放ち、杭を打ち込み、銃撃を叩き込んで、殴りあう。そんな戦いの最中にできた一瞬の空白。互いに立ち止まり、いや、ヴィルヘルムの方は追撃が可能だったろうがあえてそれをせず司狼に対し疑問を投げ掛けた。

「テメエが俺と戦ってるときいっつも笑っていやがった。お前は戦いに何かを求めてる。名誉か、闘争そのものか……あるいは……未知か!」

一瞬で距離を詰めるヴィルヘルム。迎え撃てば潰される。左右に避けても杭がある。だから彼は、

「テメエにそれが―――関係あるかよ」

後ろへ跳躍。鎖を伸ばし、教会の屋上に着地する。無論それは唯単に闇雲に逃げたわけではない。ヴィルヘルムと司狼の実力差は如実に現れている。平面で勝つことは出来ない。であれば限定された空間ならどうか。そう判断して屋上に逃げた。

「そう単純なもんでもねえよ。あの時、まんまと逃げ延びた時だってやってやったとは思えなかったね。“ああ、またか”って感じたよ。何時だって、全部終わってから襲ってくるのさ。ガッカリってのは、そういうもんだ」

「……なるほど、メルクリウスに聞かせてやりてえ言葉だな。それならテメエにいいもんをくれてやるよ。こいつを見ても、まだ未知じゃねえとは言わせねえ」

何か来る。そう司狼は咄嗟に理解して鎖を構える。

「もう充分だ。面白かったぜ。手抜きはここらで止めにするわ」

―――創造―――司狼ではまだその域にまで行くことの出来ない形成の上位位階。

「かつて何処かで そしてこれほど幸福だったことがあるだろうか (Wo war ich schon einmal und war so selig)
あたなは素晴らしい 掛け値なしに素晴らしい しかしそれは誰も知らず また誰も気付かない (Wie du warst! Wie du bist! Das weiB niemand, das ahnt keener!)
幼い私はまだあなたを知らなかった (lch war ein Bub’, da hab’ ich die noch nicht gekannt.)
いったい私は誰なのだろう いったいどうして 私はあなたの許に来たのだろう(Wer bin denn ich? Wie komm’ dennich zu ihr? Wie kommt denn sie zu mir?)
もし私が騎士にあるまじき者ならば、このまま死んでしまいたい 何よりも幸福なこの瞬間 (War’ ich kein Mann, die Sinne mochten mir vergeh’n. Dasist ein seliger Augenblick,――)
私は死しても 決して忘れはしないだろうから (Den will ich nie vergessen bis an meinen Tod.)
ゆえに恋人よ枯れ落ちろ (Sophie, Welken Sie)
死骸を晒せ (Show a Corpse)
何かが訪れ 何かが起こった 私はあなたに問いを投げたい (Es ist was kommen und ist was g’schehn, lch mocht Sie fragen)
本当にこれでよいのか 私は何か過ちを犯していないか (Darf’s denn sein? lch mocht’ sie fragen: warum zittert was in mir?)
恋人よ 私はあなただけを見 あなただけを感じよう (Sophie, und she’ nur dich und spur’ nur dich.)
私の愛で朽ちるあなたを私だけが知っているから (Sophie, und weiB von nichts als nur: dich hab’ ich lieb)
ゆえに恋人よ枯れ落ちろ (Sophie, Welken Sie)

―――創造 (Briah)

死森の薔薇騎士(Der Rosenkavalier Schwarzwald ローゼンカヴァリエ・シュバルツヴァルド)」

「――――――ッ!?」

夜が生まれ闇が支配し、なお深く、更に厚く。総てを枯渇させる死森のヴェールが生まれ、月が燻りから燃え滾るように輝きだす。

「予想しちゃいたが、その様子じゃやっぱり達していなかったか。これが創造位階だ。
お前は死ぬ。此処まで楽しませてくれた礼を込めて、加減はしねえ―――せいぜい足掻けや」

「2、いや3割ってとこかどっちにしろ……」

その瞬間、がとリングのように連射される杭。その速度は音速を超え、数も尋常ではない。絨毯爆撃といっても過言ではない攻撃。

「避けろ避けろ避けろ避けろォ!!豚みてえに逃げ回ってよぉ、俺を絶頂させろやッ!!止まるんじゃねえッ!!!」

この場にいるだけで彼以外は力を奪わる。教会の屋上も溶けるどころか砂になりはじめていた。そうなれば足場が囚われるだけのここも死地以外のなにものでもない。
加えていうならヴィルヘルムの速度は確実に先程よりも上がっていた。つまりは地力が上がっているということ。
当然だろう。ここは彼の世界。彼は吸血鬼だというのなら夜の闇が重ねられたここは極限にまで強くなるはずだ。死の荊棘で編まれた夜は薔薇の騎士を無敵に変えるということだ。

「無敵かどうかは、全部試してみねえとなァッ!」

杭の嵐を掻い潜りヴィルヘルムに向けて発砲する。無論これが唯の銃弾であったなら牽制にもなりはしないが、その銃弾は明らかに唯の銃弾の枠を超えており、ヴィルヘルムはそれを飛び上がることで回避した。そしてその着地を狙うかのように鎖は足首を狙っていく。
しかし、それは突如現れた杭に巻きついただけで当の本人ヴィルヘルムはその杭の上に佇立して笑っていた。

「ハッ、色々やるねえ。なかなか往生際が悪いじゃねえか」

「ああ、全く竹馬なんざ見たのはガキ以来だぜ。レトロ野郎」

軽口を交わしたのも束の間、再び始まる戦闘。しかし、その戦いは一方的とも言える。ヴィルヘルムが十の攻撃を仕掛ける間に司狼が反撃できるのは一度か二度。しかもその攻撃は一度も当てれていない。そして最も厄介なのは速さではなく杭だった。接近すれば槍衾、離れれば飛び道具、更にそれは防御や回避にも使われる。現状、致命打を当てれるとしたら接近して肉体に直接ぶち込むことだろう。

「つってもな……全身ハリネズミにどうしろって話だよ」

弄った銃弾は有効だが零距離で打ち込みでもしない限り決定打にはならない。相打ち狙いでも司狼が死ぬ確率が十割にたいしてヴィルヘルムは三割以下なのだ。

「―――となるとよ。オレもちょっと期待してるわけだよ。アイツに居るんだからオレにも当然居るんだろ。ちっとは家賃払えよな」

誰に語りかけてるのか。呟くように言ったその言葉はヴィルヘルムにも聞こえない程小さいものだった。

「オラァ、いつまでも見下ろしてんじゃねえ!!」

銃弾を連射する。その総てに聖遺物を宿していることは明らかだった。

「ほお、器用じゃねえか。最初は毒液、次は―――」

瞬間、デザートイーグルの弾丸である50AE弾が爆ぜた。

「―――針かッ!」

散弾のように飛び散ったそれは数十を超える針だった。一撃一撃の殺傷力こそ低いが目や口にでも当たれば唯ではすまない。

「ハッ、見え透いてんだよォ!!」

音速で迫る針を眼前数センチで総て躱す。人知を超えた回避能力、反射速度。しかし、

「どっちが―――」

回避した先には向かってくる巨大な車輪。

「―――阿呆が」

侮蔑と落胆、嘲りを交えた表情で反撃する。聖遺物同士のぶつかり合いは練度と強度で決まるのが常だ。つまり目の前の車輪は唯のでかい的でしかなかった。そしてそれが砕ければどうなるかは火を見るより明らかだ。

「―――グフッ」

「つまんねえ事やってんじゃねえよ。さっき俺が言ったことも忘れたのか、ああ?」

「心配すんなよ……試しただけだ」

「ああッ?」

「オレの聖遺物は一個潰されたぐらいで死なねえ……同時にこのぐらいの衝撃じゃ起きねえってことか」

これまで形成してきたものは鎖、針、車輪、桎梏、短刀、糸鋸、毒液、椅子、漏斗、螺子、仮面、石版。それら総てが拷問に使われる道具。つまり司狼の聖遺物はそれら総てでありそうでないともいえる。名を|血の伯爵夫人(エリザベート・パートリー)―――血を抜き、集めることに特化した、狂った伯爵夫人のコレクション。つまり聖遺物は一個ではなく一群。

「……つまりこれで、タフさの差はほぼ修正されたってわけだな。
ケリ着けようぜ、なあ」

そう言った瞬間、生み出される形成の数々。それら総てが武器兼鎧。捨て身の攻撃に近いが、そう悪い賭けでもない。

「この中で一つでも潰し損ねたらお前の負けだぜ。まさか逃げねえよな、中尉殿?」

「クハッ、ハハハ、カハハハ、ハハハハハハハハハハッ――――面白ェなァッ!来るかァ、来るかぁ、来いよォ!!」

「おおおおおおォォォォォ!!」

合計十二の拷問具はヴィルヘルムを斃そうを向かってくる。しかし、ヴィルヘルムにとってそれら総てが大した脅威になりはしない。それら総てを砕ききる。

「何もねえなら、これで終わりだ。あばよクソガキ、それなりに楽しかったぜ」

そして止めを刺そうと近づいたとき、

「もお、五月蝿いからとっとと消えちゃってよ」

「あ?」

ヴィルヘルムと司狼の戦闘で圧し折られていた教会の十字架が、背後からヴィルヘルムを狙う。もはやその距離は近く、そして、その十字架自体が速すぎた。ヴィルヘルムは避けることも敵わず貫かれるかと思われた。

「臣の目の前で主を殺そうとはいい度胸だな。貴様が死ね」

ヴィルヘルムの後ろから現れたティベリウス。彼は自分よりも大きい十字架を前にして、それを己の身で飲み込んだ。その目の前の空間は歪み木でできた十字架は砕かれ懐にそれは総て飲み込まれた。

「ああ、許さないよ。君が如何とか関係ない。殺してやる」

「ああ、待てよティベリウス。よお、久しぶりじゃねえか、シュライバー。ああ、それで何だ?俺が気持ちよく戦ってる中でよぉ、後ろから殺そうたァいい度胸じゃねえか。そんなに殺して欲しいなら、テメエからぶっ殺してやるよォォオオオ!!!」

「いいねぇ、殺しあおうじゃないか!」

もはや咆哮を超え、轟咆を轟かす。互いに互いを殺すことしかもはや考えられない。それを理解していたティベリウスはヴィルヘルムをサポートするためにヴィルヘルムの身に入り込む。

「「オオオオオオオォォォォォォォォォォ――――――!!!!」」

司狼はその二人の戦いの爆風に巻き込まれ教会まで吹き飛ばされる。しかし、どちらも見ていない。シュライバーはルサルカの言っていたことなど今において忘れており、ヴィルヘルムも司狼との戦いよりシュライバーとの戦いに絶頂していた。


「アハハハハハハハ――――!!」

「何時までも笑ってんじゃねえぞォ!!」

シュライバーの速度に圧倒され続けるヴィルヘルム。杭をいくら打ち込もうとも当たりはしない。純粋に速度が違う。音速の壁を越えているであろうヴィルヘルムですらシュライバーに追いつくことは出来はしない。だがしかし、気付いているだろうか。ここは誰の世界か。この闇夜は誰のものか。死の森は誰によってなされたかを。

「……え?」

シュライバーは突然膝を着いた。無意識の最中に奪われた魂。そうここはヴィルヘルムの創造『死森の薔薇騎士』の世界。魂は吸精され、流れは完全にヴィルヘルムに向いたものと思われた。しかし、大隊長はその程度で砕けはしない。

「あ、ああああ、あああがががあああぁぁぁあ!!!!」

果たして吸精は聖遺物を持つものをすぐに枯渇させることが出来るだろうか。否、出来はしない。故にシュライバーは初めてこの世界を理解し、触れられているのではと悟る。よって起きるのは暴走、今ここに狂戦士(バーサーカー)は目覚めを果たす。

「ああ 私は願う どうか遠くへ 死神よどうか遠くへ行ってほしい (Voruber, ach, voruber! geh, wilder knochenmann! )
私はまだ老いていない まだ生に溢れているのだからどうかお願い 触らないで (Ich bin noch jung, geh, Lieber! Und ruhre mich nicht an. )
美しく繊細な者よ 恐れることはない 手を伸ばせ 我は汝の友であり 奪うために来たのではないのだから (Gib deine Hand, du schon und zart Gebild! Bin Freund und komme nicht zu strafen. )
ああ 恐れるな怖がるな 誰も汝を傷つけない 我が腕の中で愛しい者よ 永劫安らかに眠るがいい (Sei guten Muts! Ich bin nicht wild, sollst sanft in meinen Armen schlafen!t. )
創造 (Briah―― )
死世界・凶獣変生 (Niflheimr Fenriswolf )」

詠唱を終え動きが止まる。僅かに残った理性の欠片か残滓かによって尋ねられる。

「ねえ、君は誰?」

「ああ?」

おそらくは記憶の焼き直し。過去の記憶に戻り、それを早送りで再生しているよなものだ。

「……うふ、うふふふ……いいな。いいよお兄さん。ノれる感じだ、名前が知りたい」

「そうか、そうだよな。あのメルクリウスの言ったことはここが原因に違いねえ」

「これから先も、今夜の興奮をたまに思い出して浸りたいよ。だから、ねえ、ねえ、いいでしょ名前。教えて、教えて、知りたいんだ」

「いいや、テメエなんぞに教えやしねえ。自分で勝手に思い出せ。そして名乗りな。テメエは何だ、何者だ?大事なことだぜ、言ってみろよ、なあッ、シュライバー!!」

思い出すがいい。貴様が何者か、この俺が何者か。俺達は何を求めた。何に敬服した。何であることに胸を張る。どの栄光を、どう求めるがために、今から串刺され討ち捨てられ八つ裂かれるのか…

「応えて見せろやァッ!!」

瞬間、シュライバーは目を見開く。思い出した。自分が何か、あいつが何なのかを。

「聖槍十三騎士団黒円卓第十二位ウォルフガング・シュライバー=フローズヴィトニル!!」

さあ、今こそ決着をつけるときだ。俺はコイツとの決着が付かなかったがゆえに今まで呪いが残ったのだ。

「やっぱよぉ、先送りになんてするべきじゃなかったんだ。おいティベリウス、テメエの魂、全部よこせや」

(御意、良き夜を。そして勝利を貴方に)

ヴィルヘルムのうちに潜んでいたティベリウスはヴィルヘルムによって溶かされる。その魂が再構築されることはもはやない。しかし、それでも尚、ヴィルヘルムの勝利を疑わず忠義を貫いた。
そして魂の総量が確実に増加する。シュライバーの魂は18万5731。対してヴィルヘルムの魂はそれに僅かに劣る程度までに詰めていた。ティベリウスの吸収。彼本人の魂の総量だけでなく、同時に聖遺物とも言える存在を溶かし、魂に変えた事による結果だった。
どちらが勝つのか。それは誰にも予測ができない。魂の天秤はいまやシュライバーが僅かに勝るだけであり、ヴィルヘルムは自らの攻撃を中てれない。今ここに白を決める真の戦いが幕を開けた。

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