小説『影は黄金の腹心で水銀の親友』
作者:BK201()

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第十五話 反転した決着



「Zarfall’in Staub deine stolze Burg!!」

「なにぃ!?」

ヴィルヘルムのいくつもの杭がシュライバーを狙い襲い掛かる。自分から射出するだけでなく、地面からも迫り来るが咆哮で吹き飛ばし、その身で砕き砕かれ、ヴィルヘルムの腕を千切る。しかし、それで終わらない。すぐさま腕は再生し、再び捕らえようと杭を奔らせる。

「これで敵わないと? これで届かないと……?これで……この程度で………どいつもこいつも俺がコイツ以下などとホザいてやがったのかぁァァァァァァァァ!!!!」

「End’in Wonne, du ewig Geschlecht!」

「血を変えるだけで駄目なら肉ごと変えちまえばいい。だからよぉ、まずはお前だ、シュライバー!吸い殺してやる……!」

「くッ、カカ、カ……」

吸精の速度がさらに上がる。溶け込んだ聖遺物がヴィルヘルムに有利になるよう無意識に形を変え始めているのだ。

「なあ、どんな気分だ?永遠に吸われる気分ってのァよ…!!?」

「…ァご、ぁぁガがガ……!」

「くふははははは!…そうだな、悪ィ悪ィ…狼どころか犬畜生じゃァ人間様の言葉も喋れねえみてェだなぁ!!」

地力が上がり、吸い出される量が上がるに従い余裕を失うシュライバー。未だその再生速度は衰えを見せるどころか速くなっているがヴィルヘルムは自分の勝利を疑わない。自分は今も地力が上がり続け、シュライバーは消耗し続けているのだ。シュライバーは憎しみに殺意を込めた目つきで睨んでくる。

「そぉォだ…その眼だよ……!!昔のまま変わらないそいつを、俺は抉ってやりたくてなぁ!!!」

「「うぉぉぉアアアァァァァァァァァァァァァァ!!!」」

削りあい、殺し合い、奪い合い、互いが互いに本能のままに突き動かされ叫び続ける。どちらの魂も未だに尽きることを知らない。ベイは注ぎ足され、シュライバーは元々の総量が違う。

「…unt ruhre mich nicht an…!(…わ た し に 触 れ る な…!)
unt ruhre mich nicht an!(わ た し に 触 れ る な !)
unt ruhre mich nicht an!!(私  に  触  れ  る  な  !!)
unt ruhre mich nicht an!!!(私  に  触  れ  る  な  !!!)」

貫かれ、抉られ、毟り取られる。だがしかし、それが如何した。過程がどうなろうとも、最終的に勝ったならそれが勝者だ。互いの傷はすぐに何も無かったようになるが、その上に新たに傷が出来る。

「ぐッ…ガハァ……」

まだ終わらない。一時の傷もすぐさま再生し、塗り変わる。ああ、そうだ。夜は長い。俺の夜は永遠に終わりを告げない。お前はこの夜に溺れてしまえばいいのだ。



******



教会内部にて残っていたのは、息も絶え絶えなルサルカと気絶した玲愛、そして白二人の戦いによって吹き飛ばされた司狼の三人だった。誰一人として動くことは出来ない。気絶している玲愛やルサルカは当然、司狼も怪我が治りきっていなかった。十二の形成を砕かれ、その上創造によって体力を奪われ続けているのだ。この場一番マシなのはおそらく玲愛。気絶した彼女は必要以上に体力を消耗することが無い。しかし、それも時間の問題だ。このまま放っておけば気絶したまま衰弱死ということもありえる。司狼は何とかここから逃げ出せる算段を立てなければならない。今外に出るのは無謀だ。二人の戦いは意識してかどうかは知らないものの教会に今の所、被害は殆ど無い。

「となると、地下通路か…」

いまだ動きそうにない体に鞭打ちふらつきながらも何とか立ち上がる。ルサルカの聖遺物を奪ったときに流れ込んだ情報をもとに地下通路をわたる。これが一番安全だ。問題があるとすれば。

「敵と出会ったときに先輩を庇って戦えるかね」

不可能に近いことだ。形成までしか出来ず、それもダメージを負っているため、不完全なものにしかなりえない。

「でもまあ、ここでじっとしてるわけにもいかないし、しょうがねえ先輩抱えていくか」

玲愛を抱えた司狼は地下に向かう。だがそれを見逃す人がこの場にいないわけではなかった。

「流石にテレジアちゃんを黙って連れて行かせるわけにはいかないな」

司狼自身も疲労が激しかったのだろう。彼に声をかけられるまでそこにいることも気が付けなかった。

「ッ!?―――がぁッ!?」

首を掴まれる。玲愛を抱えていた司狼は首を絞められ玲愛を落としてしまうが突如現れたアルフレートが彼女を影で包み込んでいたので大事には至らなかった。

「てめえいつの間に…」

「ついさっきだよ。いや〜ヴィルヘルムが創造してるからどんどん吸われていって結構しんだいんだけどね」

そう言いながら首を絞める力を強めるアルフレート。ギリギリと音を立てながら彼はそのまま歩き地下通路の入り口まで司狼を吊れながら歩く。そして扉を開き司狼を降ろした。

「さて、選択肢を与えよう。君一人ならここを通してあげても良い。道中の安全も保障しよう。異を唱え、テレジアちゃんも救うというならこの場で好きに抵抗すればいい」

行いには相応の対価を。何度も聞いたこの言葉。つまり司狼一人なら見逃すと、不敵に笑いながらそう語っている。現状、司狼は疲弊している。少なくとも今のコンディションで勝てる相手ではないことも聡い司狼は理解していた。だが、

「まあ、無理な相談だわな。一応さ、あんな人でも俺らの先輩だし。何より先輩さえこっちに渡ればある意味俺らの勝ちだ」

勝算は無いに等しい。ルサルカの記憶からアルフレートの戦い方を理解しているとはいえ、それでも理解できていることのほうが少ない。しかも、司狼は未だ回復しておらず吸血鬼の死の森は続いている。立って話しているだけでも確実に不利になっていく。だから、

「先手必勝ってな!!」

銃弾を連続して放ち、その上で鎖を向かわせる。しかし、アルフレートはそれらをたやすく回避しそのまま武器を向ける。

「その状態で勝てるとでも?」

「ああ、思っちゃいねぇし、んなこたァ分かってるんだよ。でもよ……」

それらは気を引く罠に過ぎない。アルフレートは聖遺物を持っているメンバーの中では比較的遅い、つまり敏捷ではないことがルサルカの記憶で分かっている。だからこそヴィルヘルムには躱す事ができる技でもアルフレートは食らうことになる。そしてその技とは……

「なッ!?」

鋼鉄の処女(アイアンメイデン)、ドイツ語では「アイゼルネ・ユングフラウ(Eiserne Jungfrau)」とも呼ばれ中世ヨーロッパで使われていたといわれる拷問具。それがアルフレートの背後から突然現れる。

「負けるとも思ってねえんだよッ!!」

アルフレートを閉じ込める鋼鉄の処女。これで斃せるにせよ斃せないにせよ時間を稼ぐことはできその間に逃げるなり戦うなりの算段を立てればいいと司狼は考える。しかし、その考えは甘かった。

「ッ!?」

避けるどころかアルフレートは淡々と鋼鉄の処女に向かって刃を放った。あっけなく鋼鉄の処女は砕かれ司狼は崩れ落ちる。いかに司狼が優れた実力を有していたとしても現状ではどうしようもない。疲労と吸精、そしてなにより急激な変化に司狼自身にも遂に限界が近づいてきたのだ。その結果に起こった当然の帰結。集中が乱れている現状で手早く作り上げた形成などでは脆すぎた。
意識を失いそうになりながらも必死に耐える司狼。堂々と何も問題はないとばかりに司狼の前に立ったアルフレートは彼なりに最後通告を行う。

「さて、これが最後だ。生か死か?次は無いよ」

見捨てるか、それとも勝てぬと分かって挑むか。明確な実力差を示して問う。その瞳はその行動が事務的にすら見えるほど何も映しておらず司狼ですら一瞬、蛇に睨まれた蛙のごとく膠着してしまう。

「……ハッ」

デザートイーグルの銃弾を放つ。あっけなくそれを逸らしたアルフレートは溜息をつきながら言った。

「残念だよ」

そういって首を断ち切ろうとするが、

「まあ此処で死なすわけにもいかないんで、そろそろ介入させてもらいましょう」

そういってどこからとも無く一人の人物が現れた。金髪に加え煙草、手に持って肩に当ててる銃はデザートイーグル。服装こそ違うが見た目だけなら司狼に似通ったそれは豪く人を小馬鹿にしたような表情だった。

「ティトゥスか。分体の存在で楯突こうとはいい度胸だな」

ティトゥスとそう呼ばれた彼はヘラヘラと嗤いながら司狼を庇う位置で立っていた。『七皇帝の分体』が一人ティトゥス。六人の中でアルフレートに最も近い実力を持つがそれゆえに最もその個性は強くアルフレートにとっては彼は失敗作に等しい存在だった。
さて、そんな彼、ティトゥスは元主であろうアルフレートに対して何ら後ろめたい素振りなど見せず銃を向ける。

「知ったことじゃないよ。アンタに従う必要なんて無いと思ってるし。というかそっちの自分勝手な都合で俺たちを好き勝手するんじゃねえよ。つー訳だ、だから俺はお前じゃなくてそっちの馬鹿な奴のほうに付かせて貰うぜ」

「ハッ、やっと出てきたと思ったら出てきて直ぐに馬鹿扱いかよ」

司狼がうめきながらそう言う。ティトゥスはアルフレートが司狼に仕込んだ分体だった。本来ならティベリウスやクラウディウスのように五つ目が開いた時点ですぐに出て来るはずだったのだがティトゥスは違っていた。司狼を見極め、自分と共に戦うに相応しいかを見定めていた。そして今、はっきりした。馬鹿と罵りながらも彼はアルフレートなどより共に戦うに相応しいと。

「だからこそ、裏切るかい。まあ、そうなるだろうと予測はしていたが」

「そうなのか?だとしても俺はアンタを倒せるつもりなんだが」

ハッタリでないといわんばかりに堂々と構える。

「勝手に進めんな。テメエ等身内の争いは別の場所でやってろ」

司狼はさっさと失せろと言った風に虚勢を張る。
リスクコントロール。現状、アルフレートが手を抜くつもりが無いことが分かっている。だからこそティトゥス程度では勝てないことが分かる。それなら自分が時間を稼いでいる間に玲愛を逃がすようにしたほうが良いと判断してた。

「分かってるよ。司狼だったな、選手交代だ。俺が時間稼ぐからその間にゾーネンキントを連れて行きな」

「出来んのかよ……」

「やるんだよ。これでもあれは元主だ。時間稼いで逃げるくらいなら出来るさ。それどころか運んでる間に俺が斃しちまうかもな」

「笑えねえよ。俺の中に勝手に居たお前なんかに勝てるかよ」

「そりゃ面倒だったからに決まってるだろ。俺が本気出したらそりゃもうこんな奴、如何とでもなるんだよ」

明らかにハッタリと分かるがそれでも相手の気を自分に引くためにそう言う。

「さて、此処で戦うのは面倒だが後々のことを考慮すれば処理したほうが良いかな」

死の森の中でもう一つの戦いが始まる。無論、それは白である二人には関係なきことだろうが。



******



「畜生ッ、畜生ッ!!」

「ガアアァァァッ!!カカカカッ!!」

ヴィルヘルムは叫んでいた。シュライバーは嗤っていた。既に状況は変わりつつある。ヴィルヘルムがいかに地力を上げようともシュライバーはそれを上回る速度で回復している。十八万を超える軍隊を相手にしているヴィルヘルムは直接的な攻撃を一撃も与えれていない以上、勝ち目は薄い。

「End’in Wonne, du ewig Geschlecht!」

ジリ貧であり、奇策、隠し玉は通用しない。互いに知り尽くしている以上通じるのは限界を超えるまでの真っ向勝負のみ。本能に従って突き進むしかない。
だがシュライバーが気付いていないイレギュラーがある。それはヴィルヘルムはティベリウスの聖遺物を喰らっていることを。そして、その聖遺物が完全に彼の一部になっていることを。聖遺物を二つ持つという例外、理からして常軌を逸していたが故に行えた単純にして最高の策。純粋に足りないならば足せばいい。単純に一を二つにして二するという策。問題があるとすれば一つ。ヴィルヘルムは未だそれに気がつけていない。完全にそれを内に溶かしたものだと思っている以上、気が付かないのはある意味当然。

「テメエを殺してよォ、俺の業を打ち捨ててよォ、俺はあの人の牙になるんだァァぁッ!!」

指を足を手を腕を脚を腹を肘を脛を口を肩を喉を全身を抉られ削られ砕かれ千切られ続ける。しかし、まだ終わっていない。それだけやられようとも幾らでも奪った分で再生する。

「アアアアァァァァァ!!」

四肢を千切られながらそのときヴィルヘルムの意識は刹那を超えて思考していた。




******




勝てない。後一歩足りない。魂の総量で負けていようとも後一つ何か手があれば勝てるのに。勝つことが出来ない。武器が、アイツを斃すための武器が足りねえ。だからよォ、アイツを殺すための武器、俺の中にあるはずだ。とっとと出せよ。なあオイ、テメエの遺産をよォッ!!

『御意、我が身の聖遺物をお使いください』

虚仮の一念といってもいいだろう。その意思の強さに、いや忠義の強さによってヴィルヘルムに二つ目の聖遺物を持たせる。ティベリウスはその後、直ぐに消える。もはや残留思念といっても良かった存在なのだ。当然の結末だった。

「ガアアアアアアァァァァァッッ!!」

「グァッ!……俺は負けねェ……。俺に、勝てるのは……『あの人』だけだァァァァァァ!!」

「―――!?」

突如現れた荊棘の杭。その数はもはや数えることすら敵わない。
全方位。ヴィルヘルムのいた正面からだけでなく後ろ、下、左右、上、空間的な位置において回避は赦されない。しかし、それを当然の様にシュライバーは回避した。意味の成さない攻撃、シュライバ−を相手にして直接的な攻撃を命中させることなどザミエル卿やハイドリヒ卿を除いて存在しない。ヴィルヘルムですら創造によって起こる吸精でしかダメージを与えれないのだ。

「あああああああああああああああ――――」

だが、おかしい。それを避けたシュライバーは当然、ヴィルヘルムに攻撃を行い腕を千切り、足を砕いたというのにこれまでよりも早く再生していた。対してシュライバーは僅かにだが再生速度が遅れてきている。ヴィルヘルムが行ったことは単純明快。創造を二重にして強化しただけだ。ヴィルヘルムがティベリウスに要求したものは彼が持っていた聖遺物。渇望が変わることは無い以上、全く同じ創造となりその威力は今までの比にならないほど勢いを増していた。
既知を知るものなら知る者もいるかもしれないが仮にラインハルトがヴィルヘルムの創造である『死森の薔薇騎士』を使えば惑星規模で枯渇させるのだ。そこまでではないとはいえ吸精速度は先程までと比較にならないほど早くなっている。

吸精速度がついに限界を超える。シュライバーの魂が尽きるのが先か、ヴィルヘルムの魂が砕ききられるのが先か。
そして結果はすぐに出た。シュライバーの速度は落ちることは無いが、その力(魂の総量)の勢いは落ち始める。そして、勢いがヴィルヘルムに傾いた以上、後は転がり落ちるだけだ。始めは小粒程度の雪球だとしても転がり始めば大きくなり、その勢いが止まることは出来なくなる。

「――Auf Wiederseh´n. (あ ば よ 、く た ば っ ち ま え)。
アァ……最高だァ。テメエにずっっっと言ってやりたかった…!
俺の……勝ちだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

「―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――ッ!!!!!!!?????」

吸い尽くされ十八万を超えた魂はヴィルヘルムに喰らい尽くされる。無論ヴィルヘルムも消耗しており既に元あっただろう分の魂は尽きておりシュライバーから奪った魂が無ければ死んでいたはずだった。しかし、結果は如何だろう。ヴィルヘルムが勝利しシュライバーが敗北した。ありえないことなのかもしれない。不可能なことだといえるかもしれない。だがしかしこの戦いに勝利したのは確かにヴィルヘルムだった。

さあ、これでテメエとはお別れだ、シュライバー。俺はあの野郎の呪いを解いてやったぜ。テメエと決着をつけたんだ。これで俺は『あの人』の一番槍だ。そしてシュライバーが膝を付き、ついに力尽きる。消滅はしていないものの最早動くことすら叶わないだろう。

「ククク、ハハハハアアアハハハハハハ、アハハハハ、カカカックククッハハハハ―――――――」

シュライバーが力尽きたことで『Der Rosenkavalier Schwarzwald (死森の薔薇騎士)』が解かれ夜の月は紅から白へ戻る。夜ももう既に浅く、後一時間もすれば日が昇るであろう時間になっていた。そんな中、喜びを顕にしたヴィルヘルムは呟く。

「これで俺が、白だ……」

黄金の五色の一角の英雄、白騎士(アルベド)。それに自分が相応しい、と呟く。しかし、

「残念、それは無理だ」

一人、影は薄くなった闇の中から現れる。水騎士(アグレド)は英雄の代理を行うために現れた。


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魂の量が足りないならドレイン量を増やせばいいじゃない。ということでヴィルヘルムの勝利。実際に戦ったら司狼の既知感つきでも勝てないんだけどね……批判が怖い。

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