小説『影は黄金の腹心で水銀の親友』
作者:BK201()

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第二十二話 戦奴と愚者




前書き

明けましておめでとうございます。今年も亀更新でしょうがしがない作者のこの作品をぜひ読んでください。前話に閑話も更新していますので注意してください。

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「ハアアァァァッ――――――!!」

マキナの放つ拳をヴァレリアはその身をもって受け止める。

「グッ!?」

「無駄だ、知っているだろう。俺に砕けぬものは無い」

絶対的なまでの防御力を持つであろう神父の体から軋む音が聞こえる。彼は逃げることができない。何を見つけたのかこの場から校庭に降り立ったエレオノーレこそいないがそうたやすく逃がしていもらえるほど彼らは甘くない。団員の中ではマキナ、アルフレートともにヴァレリアよりも足が速い。例外であるシュライバーを除き最速であった創造時のベアトリスを仮に10とすればマキナは6、アルフレートはシュピーネと同じ5、それに対してヴァレリアは3程度である。この場には当然クラウディウスもいるがアルフレートを止める術式を発動していることも含めてこの場を動くことはできない。仮に動けたとしても動ける速さは下手をすればヴァレリアと同じかそれ以下だ。

「これ以上好き勝手出来るとお思いか!」

クラウディウスが自身の命すらも対価にさらに術式を編み始める。クラウディウスは元々はヴァレリアと同じで神父である。そんな彼が魔道を身に修めている理由は単純に蛇の道は蛇ゆえだ。アルフレートに教えを請い、自身の敵対者であった魔術を使う人間から技術を盗み、今日まで研鑽の日々を続けた。全ては彼らを斃すために。
ある意味矛盾した、しかし理に叶ったであろうその覚悟と方法。だが術式を編むというのは同時にそれが形あるものになるという事でもある。つまりは、

「自分だけは安全だとでも思っているのか」

彼、マキナの手で砕けるということでしかない。そして当然のように組まれた術式はその拳によって砕かれる。創造の『人世界・終焉変生(ミズガルズ・ヴォルスング・サガ)』どころか形成位階である『機神・鋼化英雄(デウス・エクス・マキナ)』によって砕かれる。そしてそのままクラウディウスに向かって拳は放たれる。咄嗟の防御も意味は無いかのごとく軽く吹き飛ばされた。

「ガァッ―――ッァ……!?」

そして、あっさりと打ち砕かれる術式と共に違和感を感じる。その違和感の正体、それはアルフレートを縛り付けているであろう彼の鎖に亀裂が走っていたことだった。

「なッ!?」

マキナによって砕かれた術式とアルフレートを拘束している術式は別物だ。マキナに放とうとしたものは意識を此方に向けるための牽制に過ぎない。対してアルフレートに掛けたのは己の命すら秤に賭けたものなのだ。それに亀裂が走っている。
自らが行える最高峰の魔術が引き裂かれる様子に驚愕する余裕すらなかった。そして、目の前の相手は呟く。

「ようやく戻ったか。いや、この言い方は臣に失礼だな。君は忠義を最後まで尽くしてくれた。僕の誇りに思おうアウグストゥス」

彼はまず最初に忠義を尽くしてくれた臣下への礼を行った。そして、期待外れ(・・・・)の裏切り者に対する罰を与えん為に言葉を続ける。

「さて、行いにはそれ相応の対価を。というわけだ、クラウディウス。魔導を享受させたのは確かに僕だし、その時に教えた魔術をたかが数十年単位でこれほどのものに昇華させたことは(ひとえ)に賞賛に値するよ。だが、それで止めれると本気で信じていたのなら自身の実力を過信し過ぎだとしか言いようがないな」

アルフレートに対して魔道で戦いを仕掛けることが本来無謀だ。何故なら彼の魔術の研鑽の時間を比べるならそれこそメルクリウスでも連れてこなければ比較対象になることすらないのだから。それでも尚、クラウディウスがアルフレートを一時でも止めることができたのはアウグストゥスが居たからだ。
アルフレートは蓮に対抗するための(すべ)として己の力の殆どを一時とはいえ譲渡していた。そして、蓮が彼を斃した以上、下賜していた力の総てが返還されるのは当然のことである。そして、その力の大きさは現段階となってようやく大隊長の全力と同格に立ち位置していた。

「馬鹿な…自らの死の可能性を考慮してまでそのようなことをして、何をするつもりだったというのだ!」

「無論、ライニの栄光と我が友が享ける女神の寵愛のために」

それだけ言って彼は今まで使わなかった闇を動かしクラウディウスの首を絞める。そのまま扼殺せんとばかりに首を絞める力を強くする。それを阻止せんとヴァレリアが動くが、しかし、

「どこを見ている。お前に他人を気にする余裕があると思うのか?」

当然、マキナがそれを止める。その攻撃によって自らが削られるのを自覚しながらもなんの手立ても立てられずにいる自身に歯痒さを感じる。まさに絶体絶命。藤井蓮が来るまで耐え切ることが出来れば話も違ってくるだろうが、来る可能性はごく僅かである上に、今の状況では来たところでジリ貧であることは目に見えている。

「貴様は三つ、見誤っていることがある。まず一つ、お前はおそらく奴を待っているのだろう。だが、俺と奴との決着は尋常なものでなくてはならん。貴様が用意した場など以ての外だ。故に、たとえ奴がこの場に辿り着こうとも――――――」

「僕が彼を引き受けることになっているのさ。そういう約定を彼と結んでいる。尤も、彼を殺したら駄目なんだけどね」

アルフレートが笑みを浮かべながらヴァレリアに顔を向ける。

「そして、二つ目は……」

彼が大振りの一撃を放つ。ヴァレリアはその一撃を躱し切れずに両腕で防御するが無意味とばかりに魂を削られる。

「俺達を相手取る為に戦力を分散させたことだ。それは戦略としては下策としか言いようが無い」

そう、ヴァレリアであろうとも、蓮であろうとも、司狼やティトゥス、ましてクラウディウスなどでは誰であろうとも単体では三騎士にも今のアルフレートにも(かな)いはしない。地力の差は元より相性という面でも誰が如何組み合わせようと一対一では勝てないのだ。それでもヴァレリアはテレジアを救うことを考慮した上でこれしか手は無かったのだ。
三騎士、或いはアルフレートのうち誰か一人を斃し、防備の薄くなったテレジアを救う為に。

「貴方のようなハイドリヒ卿に従うだけの戦奴には分かりませんよ。例え敗するものだと理解しても選択せねばならぬ時があるなど」

「そうか……ならば、望み通り貴様の幕を終わらしてやる。これが三つ目だ。俺の創造(かつぼう)を前にお前はどんな時間稼ぎも出来ん」

時間を掛けるなどという愚策を犯しはしない。決めるならば最大の火力で最短の決着を決める。

「死よ 死の幕引きこそ唯一の救い (Tod! Sterden Einz' ge Gnade! )」

その拳に幕引きの一撃が宿りだす。ヴァレリアは否応なく己の死を確認させられる。

「この 毒に穢れ 蝕まれた心臓が動きを止め 忌まわしき 毒も 傷も 跡形もなく消え去るように (Die schreckliche Wunde, das Gift, ersterde, das es zernagt,erstarredas Herz! )
この開いた傷口 癒えぬ病巣を見るがいい (Hier bin ich, die off'ne Wunde hier! )」

拳の触れたその一時にて総ての歴史を終わらせる。この場において防ぐ手立てなどありはしない。例え双首領であろうともこの一撃を真っ向から受け止めることなど出来はしない。

「滴り落ちる血の雫を 全身に巡る呪詛の毒を 武器を執れ 剣を突き刺せ 深く 深く 柄まで通れと (Das mich vergiftet, hier fliesst mein Blut: Heraus die Waffe! Taucht eure Schwerte. tief,tief bis ans Heft! )」

クラウディウスは己の首を絞めるアルフレートから逃れようとする。自分では誰にも勝つことが出来ないことを理解しているがゆえにヴァレリアを死なせてはならないのだと。自分の首が引き千切られても構わないとばかりに必死に抵抗する。

「さあ 騎士達よ (Auf! lhr Helden: )
罪人に その苦悩もろとも止めを刺せば 至高の光はおのずから その上に照り輝いて降りるだろう (Totet den Sunder mit seiner Qual, von selbst dann leuchtet euch wohl der Gral! )」

彼の持ちうる創造は団員内でも最上位に位置するものだ。そして現状のままではヴァレリアは詰んでいる。

「Briah―――(創造―――)
 人世界・終焉変生 (Midgardr Volsunga Saga )」

この武器が出た以上攻勢に出る限り、ゲッツ・フォン・ヴェルリッヒンゲンは無敵に等しい。

「さあ、抗ってみろ聖餐杯。これはお前の戦場だ。むざむざ負ける気などあるまい。得意の小賢しさを発揮してみろ。俺の聖戦につまらぬ処刑の記録など刻ませるな」

振り上げられる一撃。それを真っ向から受ければ死の幕引きからは逃れられなくなる。

「それとも、相変わらず子供を殺すしか能が無いのか?」

「抜かせぇッ!!」

左腕の掌底を放ち、それが拳とぶつかり合う。左腕は最早動かない。その体の支配権をヴァレリアは既に失った。このまま続けば当然他の体の支配権も失うだろう。だがそこに悲観は無い。彼にとってマキナが言った言葉は重い。戦奴に解することが出来ないほどに重いのだと。故に彼は叫ぶ。

「私は二度と私の愛を失わない。私は負けぬ。私は死ねぬ。私は永遠に歩き続ける―――止まりなどしないッ!あなたの様な都合のいい安息(おわり)など要らない!!」

「Briah―――!( 創造―――!)」

吠えるトリファは決意する。今ここでありとあらゆる不安要素を度外視してでも己の信ずる武器を出すのだと。故に突破するには今しかない。致命的な隙を見せることになろうとも、ヴァレリアは最後の賭けに出る。聖槍を使い必中必殺の名の下に貫いて見せんとする。

「神世界へ 翔けよ黄金化する白鳥の騎士 (Vanaheimr――Goldene Schwan Lohengrin )」

同時にクラウディウスがアルフレートの(やく)しから逃れる。魔術によって左腕を対価に束縛から逃れる強靭さを得た上で。

「だがなクリストフ。確かに俺はハイドリヒの戦奴だが、お前ほど矛盾してはいないつもりだぞ」

「――――――ッ!!」

僅かに、しかし確実にその言葉はヴァレリアに突き刺さり精神(ココロ)を揺さぶる。それは致命的なミスであり彼一人では覆せるものではなかった。一人ならば(・・・・・)

「ウオォォォォ――――――!!!」

左腕を犠牲にしてアルフレートから逃れたクラウディウスが目の前に立つ。右腕だけになりながらも瞬時に多重の防御魔方陣を正面に作り出したが、

「―――甘いぞ―――」

無意味、無駄、無秩序に呆気なくそれらは蜘蛛の巣でも散らすかのごとく破壊され、そして……

「あ……ッ?」

逆転劇など起こるでもなく砕ける。目の前で何が起きたのかも分からない様子を見せるクラウディウス。しかし、魂は砕け、最早それすら彼の残心(ざんしん)でしかない。だが、彼は確かに、虚ろながらに呟いた。

『矛盾していて何が悪いのだ』と。

その言葉を聞き届けたトリファ。ああ、確かに矛盾していて何が悪いのだ。元より黒円卓に連なるものなど当の昔に矛盾しているではないか。揺れを見せた精神は最早無い。揺れ動いたことにこそ恥じる。確かに自身が最も脅威と断ずる者の相手を過小し、その鍍金でしかない自身には絶対的な力を信奉する。大した矛盾だろう。だが、だからどうした。

「私はかつてあの子達を救えなかった。故に罰。私は永劫苦しまなくてはならない。救いなどいらぬ。祝福は遠ざかっていけばいい。矛盾していようとも構わない。元よりこの場にいる者は皆、己こそが正しいと断じているのだ。故に私はたった一人、どこまでも歩き続ける。永遠に!」

揺らぎなど見せぬとばかりに聖槍が放たれる。明確にその必中の槍は確実に目標を貫こうとしていた。だが果たしてヴァレリアは気が付いているだろうか。クラウディウスが抜け出したということは当然―――

「僕自身の手は空いてるということだ。ゲッツ殿も言っていただろう、聖戦だと。些か歪曲した捕らえ方だがこれは戦争なんだ。後ろから撃たれることは覚悟したほうがいい」

アルフレートの腰に差していた飾り言わんばかりの銃によって撃ち抜かれる。結果、彼の集中は途切れ聖槍は目測が狂いマキナの肩を掠める程度にずれが生じる。その槍に恐れなど懐かず、いや元より当たるなどとは思いもせずマキナはその歩みを止めずにヴァレリアを打ち砕いた。







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後書き

というわけでフラグ通りクラウディウスも死にました。というか神父の創造は本当に能力:自分が死ぬ。何じゃないだろうかと思ってしまう。

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