小説『影は黄金の腹心で水銀の親友』
作者:BK201()

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第二十三話 寸を進めずして尺を退く




前書き

サーバーが回復したのでこちらでも更新します。二話連続なのでご注意を。

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―――同時刻・教会―――

「なッ!?」

聖遺物を持つもの、いや魔道に身を染めたものや多少感覚が聡い人間ならば誰でも分かるであろう。今ここに第七が開いたことを。そしてラインハルトがこの町に降り立ったことを。

「残念〜、時間切れね。あなたの同盟相手二人とも死んじゃったみたいよ」

蓮自身、ヴァレリアとはあくまで同盟相手という関係でしかないと思っていた。しかし、それでも僅かな間とはいえ味方であった二人が共に斃され贄となってしまったのだ。結果としては敗北の連続、第五での戦いの時も、ヴァレリアの学校での戦いもそして蓮自身、テレジアを救えなかった時点で敗北としか言いようが無い。

「凡そ二十分―――貴方がアウグストゥスと私を相手に(かま)けていた時間よ」

突然、語りだすパシアス。蓮自身時間を掛けすぎていることには気づいていた。しかし、時間を引き延ばしても時計の針が進むことを停めるまでには至らない。たとえ千分の一秒に時間を引き延ばしても蓮の感覚で千秒たてばそれは一秒だ。結果、創造を発動する前や精神的な振れ幅も含め蓮自身の感覚で経過した時間は凡そ十万秒、或いは二十七時間と言い直してもいい。それほどの長期戦(むろん蓮にとってだが)を続けながらも斃しきることができなかった。

「何なんだ……お前は?」

不気味、不思議、不可解、そう言い連ねるしかない。目の前に立つパシアスという女性はアウグストゥスと同じ分体なのだ。にもかかわらず蓋を開けてみればアウグストゥス以上の実力で藤井蓮と拮抗する。信じられないとしか言いようがない。事実、クラウディウスもアウグストゥスも平団員のそれ以下としか言いようがなかったはずだった。

「パシアス、正式名称はウェスパシアヌスだけどそれは男性名だから貴方もパシアス、或いはウェスパシアとでも呼んで頂戴。
貴方と戦えてた理由は簡単よ。記憶による経験は大切でしょう。知っていてそれが自分の身の丈にあっていれば対応できる。私の能力は人喰い(カニバリズム)による総ての吸収。ああ、ただ単に食べた相手の経験を持つわけではないのよ。生前に限りなく同じ嗜好、感情を持つようにすることも出来る。経験値のもらえる量が最大値になるといえば分かるかしら?」

「それでなんで俺に対抗できるようになる理由になる。お前のその見た目からしてルサルカの奴を喰ったんだろうが俺はアイツと戦った記憶なんて無い」

確かにパシアスもルサルカも共に聖遺物を使う藤井蓮と戦った記憶は無い。だが、彼女は彼との戦いの記憶を、それも最も近いであろう者を持っている。

「忘れてた?さっきまで貴方と戦ってた相手がいるでしょう?」

アウグストゥス―――パシアスと蓮が戦いを始める直前まで教会内にあったであろう彼の死体は既に血の一滴も残さず無くなっていた。パシアスはルサルカの影の能力を使い、地に伏していた彼の肉体を喰らったのだ。そうして得るのは最新の情報。戦いの主観がありそして戦っていたときに傍観していた第三者としての記憶も存在する。それだけあれば後はその薄氷の差を埋めれば良い。

「貴方が私に勝とうと思うなら私やアウグストゥスに見せていない戦い方を見せないとね」

嗤いながらそう言ってみせるパシアス。だがパシアスは理解してるのだろう。蓮が今の状況でさらに加速度的な成長見せるには今の状態では無理であると。そしてさらに言えばもうパシアスにはこれ以上戦いを引き延ばすメリットなど皆無であった。何故なら……

「そうそう、言い忘れてたけど貴方が助け出そうとしたお姫様はもうここには居ないわよ」

お姫様、言うまでもなく氷室玲愛のことだろう。彼女は既にこの教会に居ないとそう言った。

「な、に……」

最後の一手、逆転を狙うならば玲愛を救うしか思い浮かばないこの状況でその発言は蓮には致命的なものであった。

「だからねー私、というより現状残ってる分体への命令はゾーネンキントの守護なの。だからアウグストゥスは此処を死守したし私は時間を稼いだ。でも守るだけじゃ戦況は変わらないじゃない?というわけでカリグラが此処に来て裏から彼女を回収したってわけ。もうとっくにタワーか学校に向かってるんじゃ無いかな?」

「くそ、始めから弄ばれてたって訳かよ」

「そうとも言い切れないわよ。少なくとも私的には斃せると思ってたのに斃せなかったし、思ったより消耗して無いもの。でもまあ構わないわ。貴方の相手はまた今度、これ以上私が付き合う義理も無いし今回はこれで終わりにしましょう。バイバイ」

「ッ!待てッ!!」

当然待つことなどせずパシアスはその場から消え去る。静止の言葉はただ虚しく教会に響き渡っただけだった。



******



―――諏訪原タワー―――

少し時間を遡ってタワーでは未だに激戦が続いていた。轟く爆発音。放たれ続ける銃声。それらが弾かれ甲高く鳴り響く金属音。いまだ深い夜の最中でヴィルヘルムと司狼、ティトゥスの三人は戦っていた。とは言ううものの戦況は火を見るより明らかなものとなっていた。

「オラオラァ、さっきまでの威勢の良さは如何したァ?ちったぁ俺を楽しませろやァッ!」

「チッ、しゃらくせえッ!」

「グッ……ホントにしつこいな。君、絶対本命には嫌われるタイプでしょ」

余裕を見せるように反撃する司狼や口で反撃するティトゥス。だが、実際にはそこまで余裕があるとはいえない。特にティトゥスなどは体を動かすことすら億劫なほどでせめてもの抵抗に口撃しているのだ。一方でベイは杭こそ全身から出したものの創造すら使っていない現状である。

「前みてえにもっと俺を絶頂させるほど楽しませろよ、でねえとなァ死ぬしかねえんだぞ。なあ、見せてみろよ。まさかこれが本気じゃねえだろ。秘策の一つや二つ考えてきてんだろ?俺を興じさせろよなァ!!」

杭と共に左手を突き出すヴィルヘルム。司狼は鎖を出してその場から上に回避を、ティトゥスは寧ろ来いと言わんばかりに両手に銃を構えて杭を撃ち落していく。

「いい加減、馬鹿の一つ覚えみたいな突進をしてくるんじゃないよ!」

ヴィルヘルムに向かって放たれた銃弾はこれまでとは違っていた。それはこれまでのような鉛の銅色ではなく鈍く輝く銀。言うまでも無く化け物退治に定番の銀の銃弾であった。流石のティトゥスも見た事の無い弾丸を精製するのには時間が掛かり作り上げるまでにかなりの消費を強いられた。
そうして放たれた銀の弾丸は全部で八発。杭は既に全て撃ち落しており後はヴィルヘルムに命中すればいい状況だ。もし避ければ上から司狼に狙い撃ちできる。一瞬のタイミングを成功させ絶好の機会に持ち込む。これが通れば或いは、と。だがあろうことかヴィルヘルムは真っ向から突撃を逸らすことなく突っ込んできた。

「ツがアァッ……ッ!!??」

結果、八発全て命中した。にも拘らず勢いは衰えることなく左手ではなく、溜めて突き出された右腕に貫かれる。必死に体を反らしたおかげか心臓には当たらなかったものの左腕の上腕が引き千切られる。それでも尚、反撃したのは彼の意地か戦いのために組み込まれた反射か。ともかく残った右腕の銃で外さないようにするために腹を狙う。同時に司狼も攻撃を仕掛ける。流石に距離を詰めたままは不味いと思ったのかヴィルヘルムは離れる。

「オイ、勝手に死ぬんじゃねえぞ。テメエにはまだまだ働いてもらうんだからよ」

「ハハ、腕がちぎれてまだ働かせるとか、とんだブラック企業に勤めさせられたかな?」

互いに冗談を言い合いながら司狼が庇うような立ち位置に動く。一方ヴィルヘルムのほうは八発の銀の銃弾を受けているにも関わらず殆ど意味を成していなかった。

「確かに俺が吸血鬼である以上銀に弱えってのは事実だ。だがよォ、それでも俺には届いてねえよ。地力の差がはっきりと出ちまったみてえだな」

そう、弱点となりうる物であっても限度というものがあるのだ。ヴィルヘルムと螢では相性の差で螢が勝っても実際に戦えばヴィルヘルムが勝つだろうと予測されるように、シュライバーが仮に真の創造に至ればザミエルでも勝てないように相性だけでは敵に勝つことは出来ない。

「無傷って訳には以下ねぇがよ。如何考えてもテメエ等の方が不利みてえだな?」

「そうでも無いさ。ようやく有効打にはなったんだ。このまま流れを変えて見せるよ」

「ああ、オレようやくの出番だし、いっちょ派手にやらしてもらうだけさ」

そういって再び緊張が高まったその時、

「―――なッ!?」「ツッ!?」

町全体に広がる重圧。それはあたかも天が降り立ったかのようで誰もが瞬時に理解した。ラインハルト・ハイドリヒがこの町に顕現した、ということに。そして当然、彼の爪牙であり一番槍を自負しているヴィルヘルムのとる行動は決まっている。

「ク、ククク、ハハハハハハハハハ―――――――ああ、テメエ等何ぞに構うどころじゃねえなコリャァ。まあ
精々足掻けや。次会う時にも俺を失望させんじゃねえぞ」

目の前にいる気に入った獲物であろうともそれを無視してハイドリヒ卿の下に集う。どんなことであろうとも優先する絶対的な第一条件なのだ。
結果的にみれば司狼とティトゥスは助かった。だが、結果は敗北に等しい。ティトゥスの左腕を失い全力の一撃、それこそ乾坤一擲と言っても良い一撃を与えて受けた傷は致命傷というにもおこがましい掠り傷程度のものだった。

「あークソ!」

それを理解している司狼は道端に転がっていた石ころを蹴って苛立ちを抑える。ティトゥスの方は失った左腕を作った包帯できつく縛り付けながら司狼に話しかける。

「なあ……」

「……何だよ?」

「さっきの戦いの時にさ出たあの気配、確実に敵さんの大将、つまりラインハルトだよ」

「…ああ、分かってるよ」

「こういっちゃ何だけどさ。別にあの吸血鬼に対してはこんだけ苦戦したけどそれでも余裕保ててたんだよね」

「ハッ、腕千切られといて余裕とか言う様かよ?」

「茶化さなくても良いだろ、精神的なものだよ。君の方こそチビって俺の脇から隠れて撃つ以外何もできてなかったじゃないか」

「ああ、そうかもな……」

皮肉を言われたにも関わらず司狼はそれを認めていた。実際、司狼自身は今回の戦いで直接的に何か出来たわけでもなく、そういう意味では自分は何も出来なかったと思っているのだ。

「何だ、落ち込んでるわけかい?それで如何するのさ、僕は弱いから戦えませんとでも言って逃げるのかい?」

「誰がするかよ、んなみっともねえ事、テメエの方こそ腕無くなったからって戦線離脱するわけねえだろ?」

「当然さ、って言いたいところなんだけどね。大分無理ゲーだよね、アレ」

そういって目で指し示すのは学校の方角。圧倒的なまでの存在感。自分達がまるで地面を這っていく虫の気分にでもさせられるほどの差。

「ま、如何にかなるかな、多分?」

「疑問系な上に多分かよ。一々信用ならねえな。どっちにしろ何とかなら無くても何とかすべきだろ」

「まあ、負けたら世界が滅ぶだけだし、もっと楽しんで逝こうよ」

軽いノリで言い合いながら決着をつけるために学校で蓮と合流しに行こうと決断した。








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後書き

次話はア螢とザミエルの戦いです。後、パシアスやカリグラは確かに現状強者の部類に入りますが蓮や大隊長を倒せるほど強くはありません。精々トバルカインと互角といったところでしょうか。

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