小説『影は黄金の腹心で水銀の親友』
作者:BK201()

しおりをはさむ/はずす ここまでで読み終える << 前のページへ 次のページへ >>

第三話 殺す覚悟は必要。あ、シュピーネは無視の方向で




「まあ何にせよ、クリストフとやり合って命拾ったのは伊達じゃねえって言うわけか」

なかなかに楽しめそうだ。唯の雑魚だと決め付けてたのは早計だった。だが、

「それだけだ。随分と懐かしいじゃねえかよ、おい」

これは所謂、不感の兵士だ。壊れることを前提に性能限界を振り絞り、脳内はアドレナリンをだだ漏れにしてリミッターを無視した人間。今も昔も常に試みられてきた理想の一つだ。故に、

「お前、もう長くねえよ。死相が見えるぜ、ガキ。そうなって生き残った奴はいねえ」

「ああ、だから?そんなのは関係ねえさ。分かってるのは、オレはお前ら変態相手にある程度遊べるってこと」

そうして一呼吸置き宣言するように俺に向かって吠える。

「いや、もしかしたら殺れるかもしれねえぞ」

面白い。法螺でも何でもそれを口に出せるだけたいしたもんだ。悪くない。

「いいねえ、その自信はどっから来てんのかは知らねえが、そう言ったんだ。殺り合おうじゃねえか」

「さっき蓮は強いほうから潰そうと考えてたみたいだが、そりゃ違うよな。こういうときは、まず弱い奴からつぶすんだよ。つまり……」

「つまり?」

言うまでもない。そのためにこの組み合わせが生まれたのだ。コイツじゃ誰も殺せない。が、さっきの身体能力は異常だ。時間を稼ぐくらいなら幾らかは出来るだろう。そうすると、

「あのガキがレオンを殺すまでの間、お前は俺の足止めか?ははは、なるほど。意外に目端が利くじゃねえかよ。だが、幾つかミスってるな。あの坊ちゃんに女殺せるか疑問だし、元よりその前提は俺がお前を殺せなかった場合にしか通用しねえぜ、おい」

「どうかな、あいつは意外と容赦ない性格してるし。場合によっちゃあ、ガキでも遠慮しねえよ。んでもってオレは一言も…お前が強い方だとは言ってないぜ」

そう言った直後、目の前のコイツはデザート・イーグルを構え、乱射する。曲芸じみた射撃。横一直線にばら撒くように放たれる弾丸。そして賞賛すべきはそれが全て俺に命中する射線であること。だが、

「そんなチャチなもんで俺を殺せるって言いたいのかぁ!!」

馬鹿が、楽しむのは止めだ。コイツは徹底的に潰す。

「さあ、おっ始めようぜ!!」



******



―――ビルの屋上―――

「あれは確か…ヴァレリアが戦ったと言ってた人か。あんな動きが出来るとは意外だな」

アルフレートは一人独白しながらヴィルヘルムと司狼の戦いを見物している。其処は橋とタワーの中間地点ともいえる遊園地の近くにあったビルの屋上であった。どちらの戦いにも遠すぎず近すぎずの位置、状況次第でどちらにも介入出来る位置だった。

「まあ、こうなったならとりあえずは見物するだけだけど」

腕を組みながらこれから如何するかアルフレートは考える。スワスチカの開いてる数は現在二つ。アルフレートはラインハルトに依存している以上スワスチカの数によって魂の総量が変化する。今の段階では彼の魂はシュピーネにすら劣る上に活動しか使えない。故に出来ることは少ない。そこまで思考した所で一つ手段があったことを思い出す。

「ああ、あれなら使えるか。勝てないだろうけど人形を鍛えるぐらいは出来るか」

「全ての者にその右手、あるいは額に刻印を押させた。(Gedr&uuml;ckt wurde, oder auf die Stirn gestempelt, dass Recht f&uuml;r alle Personen.)
そこで刻印がないならば物を買うことも、売ることも出来なくなった。(Kann nicht mehr Dinge kaufen, auch wenn Sie nicht &uuml;ber, um dort eingraviert verkaufe.)
この刻印とはあの獣の名、あるいは数字だった。(Dies wurde mit der Nummer oder dem Namen des Tieres eingraviert.)
獣の数字666(メム・ソフィート サメフ ヴァヴ)」

そう言って詠唱を完成させる。聖遺物によるものではない。彼の本質の一端となる一つの能力。それは聖遺物を真似た物だが聖遺物の活動にすら劣る彼自身の魔術だった。本来ならばこれを戦いに使う事はないだろう。が、彼が今使える数少ない手段ではこれしか使える物がなかった。

「まあ、一応は霊的にも物理的にも同時に攻撃、防御できるだろうから物差し程度には役に立つはず」

彼を中心として大量に蠢く物体が現れる。それらは全て異質な獣であった。彼の使った『獣の数字666(メム・ソフィート サメフ ヴァヴ)』は劣化版聖遺物の加護を受けた物と言ってもいいものである。
存在の定義を予め定めておくことによって生み出された異質な魂を持つ生物。それらは霊的存在であると同時に肉体も持っており聖遺物を持つもの相手でも戦うことが可能な生物である(無論、その性能はかなり低く、良くて活動段階の相手までとしか戦えないだろうが)。
本来は獣を町に放して諜報を行わすために造られたのだが唯の人間でしかない司狼と形成に至ったばかりの蓮の物差しとしては十分な物だとアルフレートは判断した。
そして、その数は666匹(あるいは頭)。ある物は人であり鳥であり、またある物は鼠のような物もある。他にも異形の形として頭が三つある狼、尾が蛇の亀、羽の生えた馬などと神話上に出てきそうなキメラも存在したがそれらに大した実力などは無い唯の飾り程度の物であり、一般人には脅威であろうがこんな物はある程度魔道に身を修めていれば聖遺物持ちで無くとも簡単に屠れる位の存在だ。

「目的は現時点での実力の確認。後はライニを満足させれそうな才能があるか調べて来い。ああ、好きに死んで来い。お前ら程度ならいくらでも造れるから」

いつもと違う口調になるアルフレート。しかし呼び出された男は気にするでもなく頭を下げる。

「畏まりました。我が主」

額に666(Nrw Ksr)の数字を持っていた唯一の人型の獣はすぐさま獣達に指示を与え、彼自身も含めて一斉に移動を開始した。

「せめてこの位は苦も無く倒して下さい。でなきゃ人形としては期待はずれも良いとこでしょうし」

元の口調に戻った今でも口元は僅かに歪んでいた。



******



―――諏訪原大橋―――

橋の上で戦っているのは蓮と螢だった。剣とギロチンをぶつけ合い互いに凌ぎを削りあいながら武器を振るう。

「はあぁ!」

「おおぉぉ!」

また一太刀、螢が蓮の体を斬ろうとし、蓮はそれを防いでそのまま押し返そうとする。
形勢は蓮に有利であった。現状の蓮は実力に於いて螢に勝っている訳ではないが、螢の目的は殺すことではない。故に創造を使えず螢はジリ貧の状態で蓮を動けなくしなければならなかった。しかし蓮は螢を殺すことを躊躇いはしない。そこに大きな差ができ、螢は段々と押し込まれていく。

「くらえっ!」

「くっぅ!?」

蓮の斬戟が螢の首を狙う。咄嗟に剣を突き出し防御するも螢は一気に態勢を崩し大きな隙を見せる。

(これで…終わりだ!!)

蓮は一瞬、ほんの僅かに躊躇いを見せる。態勢を崩した螢には間に合わない程度の躊躇いを…本当に殺しても良いのかと。
だが、迷うわけにはいかない。彼の敵はまだ大量に残っており今、螢を残せば確実に敵を倒せる機会はなくなる。
そう思いギロチンを首に向ける。一撃で仕留めきる為に。だが、

「いけませんねぇ、レオンハルト。せめて身を賭してスワスチカを開く位の気概を持たねば」

蓮の攻撃が防がれる。僅かな隙を見せねば殺せたかもしれないのにと、後悔すると同時に、防いだ相手を見て驚愕する。

「神父、さん……」

「ええ、藤井さん。こんばんは」

驚愕する蓮を無視し不敵な笑みを浮かべるクリストフ。だが驚く螢すらも無視して話し出す。

「それにしても、意外でしたね。貴方はこの場では手を出さないのではなかったのですか?」

「我が主はそのような事を誓った覚えなど無い。唯、今宵に於いて貴殿らと共に行動するつもりは無いと言われただけだ」

そう言った直後、暗闇から突然一人の男が現れる。その男は額に666と書かれておりその後ろには複数の獣が彼に従うように付き従っていた。それらの獣にも額や手の甲に数字が描かれている。

「フム、貴方達だけで私や彼らを殺せるとでも?たかが千にも満たない獣の分際で、ですか?」

「そこまで自惚れてはおらぬよ。主の命は実力を測ることだ。基より我らは造られた魂でしかないのだ。聖遺物を持つ者に敵う道理は無かろう」

そう言って数百も居る獣たちは蓮を殺そうと動き出す。クリストフや螢は狙われないが実際にすぐ傍を通り抜けたりしているので気分の良いものではないだろう。

「クソッ!」

右手のギロチンを振るい襲い掛かる獣を薙ぎ払う。一番近くに居た数匹の獣の首を断ち切る。だが他の獣はそんな事気にせずにそのまま突撃する。咄嗟に振り切った直後な為もう一度ギロチンを振るうことも出来ず止むを得ず左脚で蹴り飛ばす。
すると上から何十羽もの鳥が一斉に襲い掛かる。

「邪魔だぁー!」

蓮はむしろ襲い掛かる鳥に向かって跳び上がり斬戟を浴びせる。空中に跳んだ事でまともに身動きなど取れない。そこを狙って多くの獣が待ち構え、飛べる鳥類は攻撃を浴びせようとするが蓮はそのまま勢いをつけて落下し、それを利用してギロチンを放つ。

「うおぉぉぉー!」

ズドン!まさに音に表現するならばこの音が適切だ。一見すると鈍い音だがその音が攻撃の重さを物語っている。その一撃により百以上の獣が斬られ、あるいは吹き飛ばされる。
螢はその一撃の威力に驚き、クリストフは笑みを深め、遠くで見物していたアルフレートは喜んだ。全員が思った事は予想以上の成長だということ。この早さで成長するなら或いはラインハルトに届き得るのではないかと誰もがそう思い、螢は警戒を一層高め、クリストフは己の策が成功出来るかもしれないと考え、アルフレートは人形の出来に感嘆していた。

「これ程とは、我らでは物差しには釣り合わなかったと言う事か?」

「舐めてんじゃねえ。お前らみたいな唯の獣で相手になるか」

男が呟きそれに答える蓮。ギロチンによって屠られた数はおよそ百五十。中には未だ生きているものもあるが、それとて直に消滅・・することだろう。

「なッ…!?」

屍骸の消滅に驚く蓮。しかし、その魂は別に蓮に飲み込まれた訳でも男やアルフレートの元に集まったわけではなかった。ただ消滅しただけ。異形の魂は現界に耐え切れずに崩壊したのだ。

「我々の魂は不完全か。フム、魂の定着が出来ないのであれば我々はやはり失敗作の烙印を押されたということか。では、せめて潔い死に様を見せるとしよう」

「何なんだ…お前らは?」

「我々は所謂、人造の生命体であり聖遺物に似た加護を受ける物とよ。もっとも不完全な代物だが」

「そうじゃない…そんなことを聞きたいんじゃない!何であんた等はそんなに平然としてられるんだ!!」

蓮には分からなかった。何故そんなにも平然と命を投げ出すのかも、何故それを命じた者を怨まないのかと。

「理解できないか。だとしても、我らは主に忠を尽くすだけのこと。我らは主によって造られたのだから」

男は懐からダガーを取り出す。勝てないことは理解しているが、別に彼は勝ちにこだわらない。彼らに求められたのは藤井蓮という存在に対する物差しの役割。故に彼は自ら死に向かう。

「行くぞ、ツァラトゥストラ。我が主の為に糧となれ!」

死を覚悟しての一閃。自らの命ごときで物差しが出来るのと言うなら命など安いと言わんばかりに。

「ッ…はあぁぁ!」

その鬼気迫る迫力に一瞬詰まるが襲い掛かってくる以上は反撃する。そう思いギロチンで首を狙う。しかし、確実に落とせるだろうと思った首は外れる。首ではなく男は体を左側にずらしわざとその身を中てる。左肩から腕を断たれるが右手に握ったダガーを蓮に向かって刺そうとする。

「…ガッ……ツアァ……」

だが、向かっていったダガーが蓮に刺さることはなかった。
蓮のギロチンは狙いを外したがそのまま軌道を横に変え体を胴体から断ち切った。

「ハ、ハハハ、やはり…私、ごと、きでは…一太刀、すら届かぬ、か…」

男は不安定となった肉体のせいか魂が消滅した。それでも蓮は警戒を解かない。何故なら、

「なるほど、これほどまでとは…やはり恐ろしい成長速度ですね、藤井さん」

「だからこそ、ここで討ち果たすべきでは、聖餐杯猊下」

ここには敵である螢とクリストフがまだ待ち受けているのだから。

「お前らは何も思わないのかよ」

蓮は敵であり本物では無いとはいえ二度目の人を切り殺した。その感触は先ほどの獣や前に殺したシュピーネとは全く感覚が違っていた。獣には意思が無かったから、シュピーネには香純を救うと言う目的があったから。

(だけど、今回は違う。自分の意思で、誰かを救うと言う目的が在った訳でもなく殺した。あの男には明確な意思が在った。自分を犠牲にしてでも俺を殺すと。それをただ向かって来たから殺した。)

その感触は重たく意思を感じる。達成感や爽快感よりも重圧を感じる。嫌悪感のようにも感じる。だがそのどれもが当て嵌まってるようにも当て嵌まってない様にも思える。
蓮は思う。こいつらは何も感じないのかと。

「藤井さん、嫌悪感や不快感でも感じましたか?それは乗り越えるべきことです。少なくとも我々に挑むのであれば」

「ええ、そうよ。私もとっくにそんな感覚通り越したわ。私達に勝ちたいと思ってるなら乗り越えることね」

「黙れよ。人を殺したことがそんなにも自慢できることか?あんた等は…あんた達はそんなことで自慢でもしたいのかよ!!」

蓮は怒りを感じる。殺したことに対する何かを乗り越える。そんな事するのがそんなにも偉い事なのかと。蓮はここで覚悟を決めた。僅かな時間だがそれでも明確に何かが変わった瞬間。黒円卓に対して躊躇うことはもうない。確実に斃してみせると。

-5-
<< 前のページへ 次のページへ >> ここまでで読み終える




『Dies irae ~Amantes amentes~』 Gユウスケ描き下ろしクロスポスター
新品 \8000
中古 \
(参考価格:\4500)