小説『真剣で私たちに恋しなさい! 〜難攻不落・みやこおとし〜』
作者:黒亜()

しおりをはさむ/はずす ここまでで読み終える << 前のページへ 次のページへ >>

頭が痛い。
何が起こったのかを整理する。
ぼやける視界の中に映る最悪の姿。


「お、もう目を覚ましちまったか。流石に女のほうはタフだな。」


京の目がとらえたのは、さっきの2人に知らない1人が加わった3人の男と縛
られて床を転がされている大和の姿。
どうやら自分も後ろ手に拘束されているらしい。
部屋は薄暗いが、どうやら倉庫のようだ。
頻繁に使われてないのか、塵埃が舞っている。


「大和に何する気だ!」

「こんな状況で彼氏の心配とは泣かせるねー。心配しなくてもこの場で殺した
りはしないさ。ただの小遣い稼ぎだから。」


小遣い稼ぎ。
京はその言葉を聞いただけで嫌な予感がした。
というより、この男らを前にして良い方向になど考えられないだろう。


「そんな睨むなよ、金に困ってんだって。男の子の方は臓器とか色々提供でき
るもんはあるし、体をちょっと借りるだけだよ。」


寒気が走った。
その言葉に。
それを淡々とへらへらした態度で言える男に。


「勿論、君のほうはそんなことしないよ。なにせ女の子の方は別の需要がある
からねー。健康体のまま高値で買い取ってもらえるさ。」


つまりは人身売買。
先に待つ未来は知らない男達の慰み者。
そんな残酷極まりないことを躊躇無く突きつけてくる。
そして、それが冗談なんかじゃないのは目の前の男を取り囲む異常な空気が問
答無用に理解させる。


(このままじゃ大和が…!)


しかし、そんな状況であっても京の懸念は自らのことではなかった。
距離にすれば数歩先で倒れている最愛の者。
自分を窮地から救ってくれた恩人。
京にとってはどんなものより最優先事項だった。

今こっちを見ている者はいない。
2人は入り口の方で見張りをやっているようだ。
大和の側にいるもう1人は縛っているから安心してるのか余裕の態度だ。

近くには小石。
手は拘束されて使えないが、足は自由だ。
京は神経を集中させて研ぎ澄ます。
それはいつも弓を射る感覚。
京は隙だらけの男の後頭部目がけて、思い切り小石を蹴りで打ち抜いた。

弾道はジェット機のようにぶれることなく飛んでいった。
鍛え上げてきた弓の軌道と変わりない。
貫かんばかりの勢いで確かに目標を捉えた。
しかし、相手にダメージを与えることは無かった。


「何やっても無駄だよ。俺たちと君とじゃレベルが違う。」

「はじかれた…!?」


男は何もしていない。
指一本すら動かさなかった。
なのに、小石は男の足元に威力を失って転がっている。


「気で…」

「流石、武士娘だねー。正解正解。」


男は自分の死角に咄嗟に気を展開させ、京からの攻撃を防いだ。
別に気を使えるのは京自身も出来るし、川神という街ではそう珍しいことでは
ない。
しかし、相手が強いことは分かる。
使い方といい、使いどころといい、戦いなれた印象だった。


「それにしてもこの期に及んで抵抗するなんて……。あんま立場が分かってな
いようだねー。確かにキズモノは商品価値が下がるけど、女の楽しみ方は1つ
じゃないんだよな。手縛ってても口とかは使えるんだけど、そこんとこちゃん
と分かってんのかねぇ。」


本気なのか脅しなのか。
それすらも判別させず、ただ恐怖を与えるのみ。
やろうと思えばそれを躊躇い無く実行するだろう。
また、そんな笑えない冗談もなんなく言ってのけそうだ。


「でも君の場合、おもちゃにするよりか目の前で彼氏くんを解体したほうがい
いのかな?」

「大和には手を出すな!」

「ひひひ、じゃ君が満足させてくれんのかい。」


男が近づいてくる。
好きな人以外に振れられたくなんてない。
それに相手がその気になれば、触れるだけで終わるはずもない。
商品としての価値は下げないラインで遊ばれる。


「私は屈しない。」

「別に最初から君の心なんて興味ないよ。ただ俺が楽しむだけ。」


薄ら寒い笑いを浮かべながら、手を伸ばしてくる。
ゴツゴツした汚い手が京の髪に触れた。
気持ちが悪い。
大和以外の男の手が触れるなんて、それだけで最悪の気分だった。

男の手は下へと降りて、体を触ってくる。
そんな先のビジョンは容易に想像できた。
しかし……


「ストップだ。」


男の手が払われた。
またも気配は全く感じさせない登場だったが、今度は今までとは違った。
新たに姿を見せた男は京を庇う位置に立ち、相手を威嚇する。


「こっちにいるとは思ってたが……。招待した覚えはないぜ、“死に神”さん
よぉ。」

「お前らの誰かだな、俺の情報を売ったって奴は。あっちの世界の住人が3人
も抜け出してきてるとはな。」

「怒んなよ、俺はただ死に神の武勇伝を語り聞かせてやっただけだろ?」

「別に過ぎたことをどうこう言ってんじゃねぇよ。分かってんだろ?俺が怒り
を感じてるといえば、今お前らは何してるんだってことだ。」

「ただの小遣い稼ぎだって。なんだなんだ、邪魔しようってのか。」

「悪いけど、この2人に手出させるわけにはいかねぇよ。」

「あれ?もしかして俺が守るとか言っちゃう感じ?ひひひ、笑わせてくれるね
ぇ。いくら死に神とはいえ、こんな世界でぬるま湯につかってたお前が今の俺
ら3人に敵うとか楽観的な妄想でもしてるのかな?」


男の余裕は決して根拠のないものではない。
数日生き抜くだけでも想像を絶する困難を要する。
そんな過酷な世界なのだ、常夜という場所は。


「お前自分で言ってただろ、俺は死に神だぜ?」

「それが……っ!」


男の余裕な態度は最後まで崩れなかった。
顎を打ち抜く高速の掌底。
それは男が認知できない速度で意識を完全に奪う一撃だった。


「言っておくけど、平和ボケなんてしてねーよ。」


海斗はこちらの世界に来てからも鍛錬は欠かしていない。
油断にも特に気をつけていた。
全く強さは失われていないのだ。
それどころか海斗には前とは決定的な変化がある。
今まで得られなかった愛情というものを海斗はもう知っている。
それは海斗を強くする十分な理由だった。


「ちなみにあとの2人は入り口で寝てるぜ。」


気絶しているのだから届かない言葉。
最初から男たちに勝算など皆無だった。

-3-
<< 前のページへ 次のページへ >> ここまでで読み終える




真剣で私に恋しなさい! 初回版
新品 \14580
中古 \6300
(参考価格:\10290)