小説『真剣で私たちに恋しなさい! 〜難攻不落・みやこおとし〜』
作者:黒亜()

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部活の時間も終了し、下校。
京と海斗は並んで河原の道を歩いていた。


「まさか、私が負けるとは……。」

「はぁ、俺もムキになりすぎた……。」


あのあと、同じように京の弓を震脚で外させた後だ。
京も海斗の弓を狙撃しようとしたのだが…。





「もう一度、狙撃!」

「同じ手はくわん。」

「はっ!?気で威力の強化を…!」


真っ直ぐに進んだ弓は風を切り裂き、当たった小石も弾き飛ばし、深々と的の
中央に突き刺さった。


「「「あ……あぁ……」」」


唸りを上げて飛んだ弓とそれを放った人間離れした実力を持つ海斗に部員たち
は皆、唖然とするしかなかった。





「まさか、飛び道具に気を纏わせるとは……。」

「その気を纏わせて速くなった弓に石を当てる京も大概だけどな。」

「それで?どんな酷いお願いをしてくるの?」

「なんで俺が悪者みたいになってんだよ。」


勝負の前にした約束のことだ。
皮肉を言いながらも、自分からその話題を出して有耶無耶にしないところは京
のしっかりしたところだろう。


「じゃあ、ソフトクリームでも奢ってもらうか。」


ちょうど目に入った移動販売の車を見て、そう決める。


「え?」

「なんだよ、そのくらいの金も惜しいってか?」

「いや……それだけ?」

「勿論、自分の分も買って隣で食ってもらうぞ。俺だけ見せびらかしながら食
うなんて気分悪いからな。」

「あ……。」

「じゃあ、俺は河原に座って待ってるから。買って持ってくるくらいのことは
してくれよ。罰ゲームなんだから。」


そう言って、背を向けて先に下りていく海斗。
ある程度進んで、目の届く範囲の適当な芝生の上に腰掛けた。


「……はぁ、しょーもない。」


京はそう言った自分の口元が少し緩んでいることに気づきつつ、どこか心地よ
さを感じていた。
それを噛みしめながら、屋台のワゴンに向かうのだった。


………

……




「……俺はバニラを頼んだはずなんだが。」

「うん、バニラだよ。友達限定、私特製ソースをふんだんにトッピング。」

「めっちゃ濃厚なベリー系ソースだと信じたい。」

「タバスコです。」

「ですよねー。」


真っ赤だった。
牛乳の白さなど微塵も残っていない。
タバスコ独特の刺激のある香りも漂っているし。
少なくとも普通の人間の食べ物という原型は留めていない。


「ククク、私に任せるからこういうことになる。」

「いただきます。」

「えっ?」

「うん、辛いな。やっぱり。」


平然と一口二口と食べ進めていく海斗。
京は当然自分のにも同じトッピングをしていて、望んで食べているのだが、そ
れが一般的な思考でないことは周りの反応で既に知っている。
だが、目の前の海斗は…


「美味しいの?」

「いや、流石にこんだけタバスコまみれのデザートを初見で美味しいと言える
ほどぶっ飛んではいないが。まあ、俺の場合好き嫌いなんてないからさ。なん
ていうか何でも食ってたから。」

「あ……。」


海斗は気を遣って、無理なんかしているのではない。
この程度のもの本当に食べれるものなのだ。
それだけにどれだけ辛い環境で過ごしてきたかを考えさせられた。


「なんつー顔で固まってんだ。」

「いたっ」


京の顔が硬直していたので、無防備な額にデコピンをした。


「それに女の子から出された手料理は残さず食わねぇとな。」

「これを手料理と言ってのけるとは……。相当のつわもの。もしくは変態。」

「あのさ、フォローでそこまで酷いこと言われるのもどうなんだ……。まあ、
甘いものと辛いものの組み合わせってのもなかなか新鮮でいいけどな。」

「おぉ、辛いもの好き同盟ができた。」

「いや好きとは言ってないが。」

「というか、それを食べれるの自体海斗が初めて。」


河原に並んで座り、真っ赤なソフトクリームを食べる。
夕焼けに染まっているわけではないのが、泣けてくる。


「海斗、アイス口元についてる。」


そう言って、京の指先が伸びてきて俺の唇の左を拭った。
そして、その指を自分の方に持っていこうとして…。
途中で思い出したようにはっとなり、ついたアイスを振り落とした。


「危ない……大和への裏切りになるところだった。」

「? なんかよく分かんないけど、京は大和好きだよな。」

「お、鈍感な海斗にしては珍しい。」

「いや、俺別に鈍感じゃないし。」

「……それが鈍感だというのに。まあ、大和は私の恩人だからね。」

「恩人?」

「この前は海斗の過去の話を聞いたけど、私も昔いじめられて独りぼっちだっ
たことがあるの。」

「…………。」


二人の共通項でもあったからか、自然と京は話そうという気になっていた。
そして海斗もそれを感じて、聞く態勢をととのえた。


「私の母親が本当にどうしようもない人で。まあ、そんな人をずっと愛し続け
てた父親もどうしようもなかったのかもしれないけど。母親は浮気癖があって
そのこと自体にも開き直ってるようなろくでなしだった。子どもの私なんかよ
り何人もいる愛人の方が大事。そんな酷い家庭だった。」


語る京の表情に映るのは悲しみというよりは諦観だった。


「そんな親の噂が流れれば、学校での立場はなくなる。すぐに“インバイ”だ
の、“椎名菌”だの。私は格好の的になった。親ですら私には興味ないも同然
の状態だから、助けてくれる人は誰もいなくて……言う人すらいなかったけど、
ずっと辛かった。」


たまに俺のほうを気にしてか、微笑む京が余計に痛々しかった。
思い出しながら語るのだから決して楽じゃないだろうが、紡ぎだし始めてしま
った言葉は止まらない。


「生きてる意味も分からなくて、何かを失いかけたとき、手を差し伸べてくれ
たのが大和やファミリーの皆だった。大和は私のために立ち向かって、救って
くれた。今の私がいるのは大和のおかげ。だから、私は大和が好き。」

「……そっか。」

「くくく、だから知られる前に友達にしちゃおうと思って。今更、印象が変わ
ったからって言っても、取り消しはなしだから。」

「そんなことしねぇよ!」


無理に明るく振舞っている。
無茶をしているのが透けて見える。


「結局はそれ親のせいってだけだろ。京は京だ。親なんて関係ねぇ。」

「! 大和と同じこと言うんだね。」

「だってそうだろ。そいつに非がないのになんで友達やめなきゃいけないんだ
よ。親が問題になるってんなら、俺は常夜なんて場所に捨てられてんだぜ。京
はそんな俺は軽蔑して友達取り消しとか言い出すのか?」

「違うよ!」

「だろ?なら、俺も京と同じ意見だ。馬鹿な質問はすんなよ。」

「でも、海斗……親に捨てられたって……あっちで生まれたとかじゃなかった
の?」

「いや、俺自体が怖くて捨てたらしいぜ。我が身可愛さにだ。口々に襲ってく
る奴らが言ってたよ。“お前は親にも見捨てられた可哀相なガキだ”ってな。
言っただろ、俺はずっと独りだったって。」


京は言葉を失った。

“独り”。
海斗の言うそれは自分の考えるそれとどれだけレベルが違うのだろう。
重すぎて暗すぎて悲しすぎて辛すぎる。

家族、友達、他人。
そんな生きていれば当然の絆の形。
それが全て海斗にとっては自分の敵だったんだ。
誰にも認めてもらえず、最低限の愛情もない。

神様は何を見ているんだと呪ったこともあった。
世の中は不公平だと。
何故、自分だけがこんな目に遭っているのか。
けれど、違った。

今、気づく。
父親に武道を教えてもらった自分が。
学校に通うことが出来ていた自分が。
仲間と出会えた自分が。
どれだけ幸せだったのかということを。


「でも俺は別に親のことを恨んじゃいねぇんだよ。」

「え……」

「そりゃ自分勝手に捨てて、ろくな親じゃねぇけどさ。結局、常夜に足を踏み
入れたことでその場で殺されたらしいし、自業自得だ。俺は好きじゃねぇけど
そんな親でも感謝してる。こうやって人生をもらってさ、俺は俺なりに生きて
きて今幸せな気持ちでここにいる。それで京みたいな最高な友達もできたわけ
だからな。」


それでも。
辛くてしょうがないはずの少年は笑っていた。
想像もつかない絶望の中を生きてきて。
そこに放り込んだ親のことも恨まずに。
ただ、今が幸せだと言う。

何故、ここまでファミリー以外の者と普通に話せていたのか。
外部との関わりをどうして拒絶しなかったのか。
自分の忘れたい過去をこんなに自然に語れたのか。


「なんか、ワン子やクリスの気持ちが分かった気がする。」

「は?」

「もし大和がいなかったら、好きになってたかもね。」


答えは1つしかなかった。
どうしようもなく海斗は人を惹きつけるのだ。


「は?」

「もしもの話だよ。期待しないように。」

「いや、どういうことだ?」

「……だから、鈍感だって言ってるわけ。」

「ともかく、大和が一番好きだってことだろ。」

「完全に合ってるんだけど、そこはかとなく間違ってる。」


相変わらずの海斗であった。


「まあ、大和は良い奴だからな。なんだかんだ言って、仲間のこと考えてるし
さ。京みたいなタイプが好きになるのも分かる気がするな。」

「お、さすが海斗。大和の良さまで分かるとは。」

「ていうか、京ならすぐオッケーしてもらえそうだけどな。可愛い見た目して
るし、性格だってこんなに優しいんだからさ。」

「……そこまで褒められるとは。しかし、悲しいことに何年も大和は振り向い
てくれないの。」

「そっか、勿体ないな。こんな良い奴なのにな。」

「ぅ…………………はっ!私は大和のことが好きなんだー!」

「うお!どうしたいきなり?」

「いや、今一度自分の気持ち確認を。」

「はぁ…、ま、とりあえず頑張れよ。」

「……うん。」

(何故ちょっと複雑な気持ち…。)


友達という二人の関係。
その肩書きは変わっていないけれど。
漠然としていた信頼がはっきりした。

そんな大きな変化があった下校での出来事。

-7-
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