小説『真剣で私たちに恋しなさい! 〜難攻不落・みやこおとし〜』
作者:黒亜()

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今日は久しぶりのファミリーでの登校だった。


「どうだ京!海斗とは?」

「上手くやってるよ。」

「なんか京がそんなこと言ってるのって新鮮だよね。」

「ていうか、京なら上手くいってなくてもそう言いそうだわ。」

「前例がないから全く分からん。」

「本当に仲良くやってるよ。辛いもの好き同盟でもあるし、それに……」


海斗の壮絶な過去。
自分が想像していたものよりもより詳細な辛い過去。
勝手に親近感を持っていた自分が恥ずかしいほどのものだった。

しかし、それを抱えて今を生きる海斗に。
誰にも不満をぶつけることなく、笑って日々を過ごせる海斗に。
その人間としての魅力に惹かれていた。
あくまで京の場合は友達としてだが。
今では何故あんなにもファミリーの女性陣をはじめとする色々な者が海斗のこ
とを思い慕っているのにも納得がいく。


「それに、なんだよ?」

(でも皆は海斗の親のことは知らないんだよね……。)


笑って語ってくれたけど、誰にも弱音は見せないけど。
海斗の全く辛くないなんてことがないのは京が誰よりも分かっていた。
辛かったからこそ、友達になれて嬉しいと言ってくれたし。
そもそもあの話も自分を元気づけるために話してくれたのかもしれない。


「おい、どうしたんだよ黙って。それで、なんなんだよ。」


まあ、話の流れもあったからであろうが。
海斗が自分だけに話してくれたあのことを。
京は…


「ううん、なんでもない。」

「散々ためてそれかよ!」

「でも京さん本当に楽しそうで良かったです。」

「やっぱり海斗は凄いわ!」

「そうかもね。」

「えっ?」

「ククク……」

「…なんか予想以上に効果があったかもな。」


そんな風に楽しく会話しながら学校に到着したファミリー。
しかし、異変は既に起こっていた。


「あ……。」

「ん?どうした京?」

「……ううん、なんでもない。先に行ってて。」

「そうか?じゃあ、俺様たち行ってるぜ。」

「うん。」


皆がいなくなった後、京は自分の靴箱から上履きを取り出す。
そして、ひっくり返した。

中から出てくる大量の画鋲。
典型的ないたずらだった。
思い出されるのは小学生のときの苦い日々。
助けられたといっても全てが消えることはないのだ。
あの最低な親が知られるだけで何度でもぶり返す。

けれど、昔みたいに泣くわけにはいかなかった。


「……よし。」


京は感情を押し殺して、教室へと向かった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


全てを隠していた。
昔のようにファミリーに心配をかけるわけにはいかない。
そんな思いがここ数日海斗と一緒に過ごしたことによって生まれていた。
自分とは違う強さが輝いて見えたから。
だから、朝のことなんて誰にもバレなかった。
それなら自分が我慢するだけで済むのだ。


「おい、京。なんかあったのか?」


しかし、そんな無理は通用しなかった。
最近はなんだかんだでファミリーよりも一緒にいる時間が長かった。
海斗には京の様子のわずかな変化から感情の機微を読み取った。
明らかに冗談を言って楽しそうな京とは違って見えたのだ。


「別になんでもないよ。」


それでも京は冷静に対応した。
しらばっくれてしまえば、それ以上の追究はない。
長く一緒にいたといっても、知り合ったの自体ごく最近なのだから。


「悪いけど、俺に嘘ついてもダメだぞ。」

「嘘なんか……」

「少しでも不自然な動きすれば、分かるんだからな。」


そこで気づいた。
海斗は目がとてつもなく良い。
それは何事も判別されてしまうということ。
いつもと行動が少し違うだけで伝わってしまう。
今も全てを見透かすように瞳をのぞきこまれていた。


「本当になんでもない。ちょっと疲れただけ。」


けれど、言うわけにはいかなかった。
ファミリーでなくても、海斗ももう大切な存在だ。
優しい海斗ならば、何が何でも聞こうとするかもしれないが。
優しいからこそ絶対に話すわけにはいかなかった。


「……そっか。ならいいや。」

「え?」


しかし、海斗はそれ以上何も言ってこなかった。
結果的には幸いだったのだが、あまりに予想外だった。
京は離れていく海斗の背中を微妙な気持ちで眺め続けていた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


放課後も同じように異変があった。
ある程度予想していたことだが…。
人がいないのを確認して中を見れば、今度はカードが入っていた。
そこには定規でも使ってひかれたような直線でただ一言。
“インバイ”と刻まれていた。


「ふざけんなよ。」

「っ!」


自分がなんらかのリアクションを示す前に隣からいきなり声がした。
そこには拳を握り締めて、立っている海斗が。
こんなに近くまで迫られて気配を全く感じとれなかった。
というか、あのとき素直に引き下がったのも全てこうしようと計画していたか
らだったのだ。


「絶対に許さねぇ。」

「待って!海斗。」


動き始めようとした海斗を即座に止める。
バレてしまったのは仕方ないが…


「いいの、私は気にしてないから。」

「いいわけないだろ。あんだけ辛かったって言ってたじゃんか。」

「ファミリーの皆に心配かけたくないの。」

「それは……」

「絶対に話せば、皆は全力で助けようとしてくれる。だけど、ずっと迷惑をか
けてはいられない。今は昔と違って、独りじゃないし。ファミリーだけじゃな
くて、今は海斗って友達もできたから。何も寂しくないよ。だから、私を信じ
て。」

「……分かった。けど、何かあったらすぐ俺に言えよ?」

「うん、もうばれちゃったし。」


海斗は優しい。
だからこそ、こういう頼み方ならば聞き届けてくれると京は分かっていた。
大事にして皆を困らせたくないのも本当だったが、何より同じようなことで辛
さを味わっている海斗に負担をかけたくなかった。

京はその後普段どおりの調子で振舞ったが、海斗の表情にはやはりやりきれな
い思いが浮かんでいた。
そんな後味が悪い一日だった。

-8-
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