「ただいまー……」
おかえり、と返してくれる人はいなかった。
別に家に誰もいないわけじゃない。
人はたくさんいる。
それは玄関に無造作に散らかった大量の靴からハッキリしてる。
パッと見、5足は優に超してそうだ。
誰かはわかっている。もうすぐ中1になる弟・凌介(りょうすけ)の友達に決まっている。
それも同学年だけじゃなく、学年男女関係なしに集まってるのだから、その多さといったら尋常じゃない。
玄関のすぐ前、障子で隔てられた向こうから下品な笑い声、大音量のゲーム音が雑音となって耳に届いてくる。
(うるさい)
いっつも帰ると”これ”だ。
気のせいか最近さらに人数が増えた気がする。
凌介が人気者ってわけじゃない。
ヤツらは凌介が親にねだって集めた数々のゲーム目当てに来てるのだ。(根拠はない。ただ見てるとそんな気がするだけ)
私がそう指摘すると凌介は断固否定するけど。
リビングに荷物を置き、テーブルの上を見て気づいた。パソコンがない。
「…………」
今度は遠慮なく大きなため息を吐いた。
雛美から催促の電話がくるまでパソコンをしようと思っていたのに……。
きっと今頃ヤツらが使ってるんだろう。
家の奥からガヤガヤとやかましい騒音が聞こえてくる。
イライラする音だ。
(ほんと、迷惑な奴ら。消えればいいのに)
ふと、物を投げたい衝動に駆られた。
そばにあったティッシュ箱に手を伸ばす。
「葵衣ちゃーん、まだー?」
伸ばした手が意志とは別に止まる。
――――き た
まるで悪霊にでも取り憑かれたみたいに、体がズッシリと重くなる。
「葵衣ちゃん?」
玄関から上がってくる気配はない。
(このまま黙ってれば……)
あるいは、気づかれないのかもしれない。
――雛美の顔を見なくて済むのかもしれない。
(……何考えてんだ、私)
「……あ、ご、ごめんね! 今行く!」
「早くー! 雛美ずっと待ってたんだからねー」
「あ、う、うん。ごめん……」
玄関をのぞくと不快を露にした雛美がジト目で睨んできた。
腹の底に冷たいものが落ちる。
「ごめん……」
「いいよ♪ ねぇねぇ。早く遊ぼうよ! 雛美スイミングあるから四時半になったら帰らなきゃなんだ。だから早く遊ぼー!」
「……、うん。わかった。どこで遊ぶ?」
「じゃーねー……」
「あ……あのさ、雛美ちゃんちでいい?」
「うん。いいよ。でもなんで?」
「いや、葵衣んちうるさいからさ」
「別に雛美はうるさくてもいいよ。人いっぱいいた方が楽しいじゃん」
「そう? でも葵衣はうるさいの嫌いなんだけど……」
「なんでもいいから早く遊ぼー!」
「あ、うん……」
雛美が外に出る。
「…………」
「どうしたの?」
「ううん。なんでもない」
笑って私も外に出る。
3月のツンとする空気が私を包んだ。