「雛美ちゃん……遊ばないの?」
あれだけ遊ぼう遊ぼうと言っていたのに、雛美は自室に入ってからずっとパソコンと向き合ってばかり。
「…………」
「ねえ、聞いてる?」
「ちょっと待ってー」
「…………」
(何のために私呼んだんだよ……こんなんだったら家でパソコンしてた方がずっと暇潰しになったのに)
モヤモヤとした嫌な気分だ。
気分を晴らそうと思ったが、ここは雛美の部屋。
勝手に物をいじったりできないし、興味をそそられるような面白そうなものもない。
いつものパターンだ。雛美と遊ぶとこういうことが多い。
でも今回はちょっと状況が違う。
いつもならこうした事態に備えてDSやラノベを持ってくるのだが、今日は雛美を待たせていたのもあって用意する時間がなかった。
だからやることがない。本当に何も無い。
不快。
こうして何もしないでただ他人の家に上がり込んで座っていること事態に不快を感じる。
責める人はいないけど、すごくすごく不快だ。
他人の家ほど居心地の悪いものはない。
だから不快。
……家に帰りたい。
「……ねえ、雛美ちゃ」
「ねえ葵衣ちゃん! 見て見てー」
「なになにー?」
言葉をさえぎられ不満に顔が引きつりそうになったが、自然を装った笑いでごまかす。
ベッドの上に寝転がりながら、雛美は満面の笑みで振り返ってきた。
でも雛美のその笑みにはあまり期待できなかった。
「どうしたの?」
「見てー、これべっちさんなんだよ」
そう言って楽しそうに雛美が指差したのは、パソコンの画面に映った、なんかのよくわからないアバター。
「へぇ……」
「……反応うす」
「………………………………ごめん」
だって、べっちさんなんて人知らないんだもん。
喉までせり上げてきた言葉を呑み込み、謝ってその場を取り繕う。
「なんでそんな反応薄いのー? 葵衣ちゃんつまんない。由紀(ゆき)だったらもっと喜んでくれるのに」
(他人と比べないでよ)
「あぁ……ごめん」
薄笑いを浮かべながら雛美の顔色をうかがう。
「それでね! べっちさんが面白いん……」
「てかさ……これって何?」
今聞けば話を続けようとする雛美の機嫌が悪くなるとわかっていたけど、さすがにこれが何なのかだけは話の腰を折ってでも聞かなければならないと思った。
案の定雛美の表情がすぐに曇った。無粋ね、とでも言ってるような顔だ。
この露骨なまでの表情の変化が雛美の長所で短所。
(これだから優ちゃん達に嫌われてるんだよ……)
内心で密かに思う。そんなこと口が裂けても言えないけど。
「アメーバピグ知らないのー? だっさ」
「うるさい。知ってるよそれくらい」
少しイライラして反抗すると、雛美がニヤニヤと意味ありげな含み笑いを見せた。
「だよねーっ。いくら無知な葵衣ちゃんでもそれくらいは知ってて当然だよねー」
「だまれっ」
毒舌に笑いながらツッコむ。雛美が大げさに笑った。
「CMでよくやってるよね」
「そうそう! 雛美もやってるんだー。ピグってね、結構崗(おか)東中の生徒がいっぱいいるんだよ」
「へぇ、そうなんだ。……で、べっちさんて誰?」
「えぇ!? 知らないの?? 葵衣ちゃんホッケー部でしょ!」
「え……有名な人なの?」
「有名もなにも……男子ホッケー部の現部長だよ。阿部真護さん。知らないの?」
「……知らない」
「……やっぱり葵衣ちゃんて無知だよね」
「う、うるさい」
「冗談だしバーカ」
雛美はそう言ってゲラゲラと笑う。