「あ、いいこと考えた♪」
「……って雛美ちゃんが言うときはろくなことがないよね」
「うっせ」
目をキッと細めた雛美を見て思わず吹き出す。
カチャカチャと雛美がキーボードを打つ。
「遅っ」
「黙れバカ」
私のツッコみに笑いながら、雛美はキーを人差し指で突付くように打っていく。
よいしょっ、とでも言うように雛美がEnterキーをトンと押した。
『べっちさん』
画面の中のアバターの頭からふきだしがでた。
「おー」
「……何?」
「や、なんか感動した」
「あそ」
初めて見る”それ”に目が釘付けになる。
(こうやって会話するんだ……ヘンな感じ)
『何?』
雛美のアバターの前にいる部長さんのアバターの頭上から同じようにふきだしが出る。
雛美がまたなにやら文字を打ち始めた。
『今ね、きいちゃんが来てるんだー♪w』
「ちょ、ちょっと!」
表示されたふきだしに心臓が跳ね上がった。
「なに?」
「なに? じゃないよ! そんなこと部長さんに言ったって……てか絶対葵衣のこと知らないから」
「いいじゃん別に」
「いくない!」
「あ、返ってきた」
不満に顔を歪めるが、雛美は気にもしていないようだ。
「…………」
雛美に言われ、部長さんのアバターを見る。
『きい? 誰? 崗東の生徒?』
案の定だ。
『うん』
『そうなんだ』
『…』
「…………ほら、だから言ったのに」
「何が?」
「なんでもないよ……もう」
無神経な雛美の行動にこれ以上の抵抗は無駄と判断し、少しイライラしながら画面に視線を戻す。
(どうせいつものことだし)
「葵衣ちゃん怒ってる?」
「……怒ってないよ」
「絶対怒ってるでしょー」
「怒ってないってば」
ふざけた調子の声に、これ以上揚げ足を取られまいと平然を装って言葉を返す。
「なにこれだけのことで怒ってんの? 葵衣ちゃんて怒りっぽいよね」
でも、さすがにこれ以上平然を装うことは無理そうだ。
「…………」
口を開けば確実にイライラした声が出る。
ここでイライラした声を出したらまた雛美にからかわれる。
(ガマンガマン。いつものことよ)
「あーあ。葵衣ちゃんのせいでべっちさんがどっか行っちゃったじゃん」
雛美が残念そうに会話の履歴を見ている。
『じゃーおれ洸太のところにいってくるわw』
『じゃーね』
どうやら私たちが会話している間に別のエリアに行ってしまったようだ。
「や、それ葵衣のせいじゃないから」
「葵衣ちゃんのせいだし」
「なにそれ」
「葵衣ちゃんのバーカ」
ぎこちなく笑ってみたものの、雛美は真顔でそんなことを言う。
「…………」
相変わらずパソコンを操作し続ける雛美を見、私は必要のなくなった作り笑いを消した。