小説『【停止】キヲクのキロク。』
作者:bard(Minstrelsy)

しおりをはさむ/はずす ここまでで読み終える << 前のページへ 次のページへ >>

 彼の名前はジイン。
 彼女の名前はユウヒ。
 彼らの事は、実質この二人の事と言ってもいいだろう。
 二人の関係の始まりが、関係の終わりが、全てなのだから。
 奇妙な名前には理由がある。
 二人の名前はハンドルネーム。元々は、とあるチャットがきっかけで出逢ったのだ。
 本名は勿論知っているが、二人の為に敢えてハンドルネームで語る事とする。


 私は元々、ジインとユウヒの双方と面識があった。
 ジインはそのサイトのチャットを通じて。
 ユウヒとは別の常連からの紹介を通して。
 この時点で二人は互いを知らなかった。一応は常連だったのだが、顔を出す時間の関係で話す事は無かったのだと言う。
 その二人が知り合うきっかけは、私が原因だった。
 ジインの運営するサイトで、オフ会の話があったのだ。軽く説明を挟むが、オフ会とは「チャットなどのオンライン上で交流のあるメンバーが実際に会う」事である。オンラインに対するオフ、という訳だ。そのオフ会に私も誘われていたのだ。
 同じ頃、ユウヒは様々な問題を抱えていた。
 一番大きかったのが、家庭内の不和から来る心理的な問題だ。幾度もリストカットを起こすレベルだった。知り合って間もない私には、かなり負担の大きい内容ばかりだったのだ。
 だから、少しでも気分転換になればいいと思って彼女をオフ会に誘ったのだ。
 それに際してメンバーを全く知らないというのも良くないだろう、と主催であるジインに話を通したのだ。
 これが、二人が交流するきっかけだった。
 当初は私を通じての交流だったのだが、徐々に二人だけでの交流へと発展していったのは自然な流れだろう。
 ユウヒはそういう年頃、だったのだ。
 対するジインは、私達からすれば大人だった。だからこそ私はジインを頼り、ユウヒを任せた。
 今となっては、押しつけたに等しかっただろう。


 ジインは面倒見が良かった。
 サイト内でも兄貴分として慕われていたし、チャットで度々起こる問題でも周りを纏めていた。人望があったのだ。
 以前、こんな事があった。
 常連であった娘の恋人が事故死という、悲しい事があった。娘は酷く落ち込み、後追いをするところだった。
 ジインはその娘と連絡を取り、遠方にも関わらず娘を見舞い、思いとどまらせる事に成功したのだった。
 その出来事に対して、ジインはこう言っていた。
「友達だろ。放っておけるかよ」
 その言葉一つで、彼はすぐに行動出来る人だった。
 私がユウヒの事を相談した時も、すぐに応じてくれた。私の話を聞き、ユウヒと打ち解けようと努力してくれた。
 だからユウヒの事に対しても、とても親身になって聞いていたのだろう。
 勿論、良い面ばかりではない。
 ジインはプレイボーイだった。
 サイトで知り合った女性との一夜限りの関係を、私は幾つか耳にしていた。彼に対してチャットで猛アピールをしている女性を目にしたこともある。
 ジイン曰く「口説くのが礼儀」。
 正直、ユウヒを任せる事にためらいはあったが、いかんせん私の負担がピークに達していた。
 ユウヒはこの事を知らなかったし、私も知らせていなかった。ただ「妙なアピールがあれば警戒しろ」とは伝えておいた。
 事情が事情だからか、ジインは紳士的だった、との事だった。
「ジインさんって、優しい人だね」
 ジインと知り合ってから、ユウヒはとても明るくなった。
 ユウヒのその言葉で、彼にユウヒを託して良かったと確信していた。


 もしも、だ。
 この時点で私がジインにユウヒを託していなければ、これから起こる全ては無かっただろう。
 今でも私とジインはサイトでの交流があっただろうし、ユウヒはユウヒで交流を持つことが出来た事と思う。
 余計な世話さえ焼かなければ。
 二人を引き合わせる事さえしなければ。
 心に留め置かねばならない。
 誰かの為を思う事は、良いとは限らない事を。
 人の為は、やはり「偽り」になる可能性があるという事を。

-2-
Copyright ©bard All Rights Reserved 
<< 前のページへ 次のページへ >> ここまでで読み終える