小説『【停止】キヲクのキロク。』
作者:bard(Minstrelsy)

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 ユウヒの事を話しておこう。
 全ての物語は、彼女を中心にしているのだから。
 そして彼女を語る事が、そのまま記録となるのだから。


 ユウヒは、いわゆる「不幸なお姫様」と言っていいかもしれない。その家庭環境からして、恵まれているとは言い難い。
 ユウヒの両親は、殆ど離婚に近い状況だった。
 父親と母親は別居しており、ユウヒは母親と、弟は父親と暮らしていた。
 母親は父親に依存していたという。きっかけは解らないが、父親は家を出て弟と暮らし始めた。
 丁度私とユウヒの交流が始まった頃、父親は弟を追い出しにかかったそうだ。愛人と暮らすため、子供が邪魔になったのだ。
 弟は酷く荒れたという。家を出ると暴れ、時にはナイフを手にしたという。母親の勤め先へ脅迫まがいの電話をする事もあったと話していた。
 そして、ユウヒ自身も問題を抱えていた。
 ユウヒは、高校を中退している。理由はイジメだ。
 入学してすぐに、陰湿なイジメに遭い、心を病んだ。そして高校を中退し、通信制の高校へと入学した。
 イジメから離れ幾分マシになったとはいえ、病んだ心は簡単には癒えない。
 心療内科に通い、薬を飲み、手首を切り、過呼吸に陥った。
 そう、出逢って間もない私は、この話をユウヒから聞かされたのだ。
 誰かに聞いて貰いたかったのだろう。そして、誰かを頼りたかったのだろう。そう思っていた時に出逢ったのが私だったのだ。
 しかし、頼られた私はどうすれば良かったのだろう。
 自分の事で精一杯のユウヒは、私の事を考える余裕など無かったのだろう。私がどれ程負担に感じたか、彼女は微塵も考えなかったに違いない。
 でなければこんな話を、同い年の私にするはずが無い。
 聞いて貰った方は、勿論気が楽になるだろう。内に抱えていたものを吐き出し、分かち合う相手が出来たのだから。
 だが、何の準備もなく背負わされた方はどうだろう。
 最初は身の上に同情し、親身になって話を聞く。だが、それが何度も続いたら。何日も聞かされ続けたら。
 私もジインも同じだった。
 幾度もユウヒの話を聞き続けた。
 私は友人として。ジインはその関係を、友人から恋人へと発展させて。
 ユウヒも良くなっている様だった。


 後年、私は心理学を学ぶために進学した。
 文学部を志していた私の気持ちが変わった背景には、ユウヒの一件が大きく関わっていた。
 病んだ心を癒す方法を、学ぶ為に。
 そこで知ったのは、私達は間違っていたという事。
 知識の無い人間が、病んだ心の話に長期間耳を傾けてはいけないという事。
 冷たい訳ではない。知識が無ければ相手の病みに心を引きずられ、共に病んでいくからだ。
 相手を治したいのであれば、話を聞く時間を定め、必要以上に踏み込まない事。
 その話を聞いた時、背筋が凍った。
 私とジインは、この時既に病んでいたのかもしれない。


 ジインは言っていた。
 ユウヒは家庭ごと病んでいるのだ、と。
 そして自分は、それを救ってやりたいのだ、と。
 ジインがユウヒを思う心は、それこそ愛だったのだろう。
 私も、ジインがそう思うのであれば、と賛同していた。
 もう少し早く心理学を学んでいれば、私はジインを止めていただろう。ユウヒだけで止めるべきだと。
 無責任に背を押した結果、幸せは遠くなった。
 人の夢は、やはり「儚い」。
 望んだ夢は、儚く消える運命にあったのだ。

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