由紀江、ファミリーに入る
――島津寮・104号室――
午前5時
ピピピ!ピピピ!ピッ!
「あー朝か〜」
俺は目覚ましのアラームで起きる。何でこんなに早いのかというと…今日は山で鍛錬すると決めてある日だ。
顔を洗い、着替え、朝飯のために買っておいたパンを食べ、バックの中に財布や昼飯、タオル、水、修行服を入れていく。
最後に刀と木刀をもつ。
「よし、行くか」
俺は寮を出る。
――第3者SIDE――
――とある山――
島津寮を出て約2時間。川神から離れた山にやってきた信也は、修行用の服に着替え、手足に合計80キロの重りをつける。
「よし、この状態のまま…素振り1万回…はじめ!」
ブン!ブン!
信也は素振りを始める。
〜数分後〜
「9999…10000!よし、次は技だな。八神流剣術…基本技から…はじめ!」
〜さらに数分後〜
「よし、終わり!次は…」
…とこんな感じで夕方前まで修行を続けたのであったのさ。
修行を終え、信也は寮に帰ってきた。
「ん?」
玄関を開けた途端に鼻孔をつく香りに、信也は小首を傾げる。
そして、思いだした。
「(…そうか。そう言えば今日はまゆっちがファミリーに入る日だっけな)」
そんなことを考えながら、信也は匂いの元のキッチンに顔を覗かせると、そこには案の定、テーブルに背を向けて料理に没頭しているまゆっちの姿があった。
「おーおーこれはまた、中々に目の保養になる光景だな…うん」
言われると、由紀江は信也の存在に気付き、
「や、八神先輩、お、お帰りなさいです。
き、今日は私が皆さんのご飯、作りますから」
キッチンの中には信也や由紀江の他には大和と少し怒った表情のクリスがいた。
「…楽しみにしているよ。俺は風呂で汗を流してくるから……間違っても俺が入っているからって風呂に乱入するなよ京と小雪」
信也は後ろから自分を見ているであろう2人に言う。
「くっ…先に指摘されたか!」
「ウェ〜イ…された〜」
落ち込む2人。
〜数分後〜
風呂で汗を流した信也がキッチンに戻ると、仲間全員が揃っていた。
「あれま、俺が最後ってオチかよ」
「信也〜遅いわよ〜アタシ、もうお腹ペコペコなのよ〜?」
一子が垂れている。
「すまんすまん。今度美味い肉を御馳走してやるよ」
「いいの!?やったぁー!」
「(…とまぁ簡単に元気になるワン子は癒しだな、うん)」
「お、お口にあえば良いのですが……」
不安気な表情で言うまゆっちの前には、テーブルいっぱいにズラッと並べられた料理があった。
「これはまた、目茶苦茶豪華だな。それに美味そうだ。修行の後に食べる飯もまた美味し…てな!いっただきまーす!」
信也が言うと、他の面子もそれぞれ歓声をあげながら、箸を料理に伸ばす野を見ている由紀江はそれを不安そうに見守っていた。
「(ドキドキドキ……。
どうか、美味しいと感じますように。どうか、美味しいと感じますように)」
「(大事な事だから2回言ったぜまゆっち)」
心の中で松風と会話すると、由紀江の緊張がピークに達していた。
「う、う…うまぁーい!」
一瞬、信也の目が光った。
それと共に他のメンバーも料理の感想を口にする。
そんな中も卓也が由紀江に尋ねる。
「豪華だね。食材費高かったんじゃない?」
「いえいえいえ。これ父上が送ってくれたんです。
北陸で育ちまして、海産物や農産物が豊富です」
「魚美味しいもんね、なるほど北陸かぁ」
そんな会話を聞くと、黙々と食事をしていた一子が箸を止める。
「んまい!
栄養バランスもいいよイイヨー。ベリグー!
……ところで北陸って青森?ほたて?」
「私は石川県です」
「ありゃー。隣りの県だっけか」
などとツッコミ所のある会話が起きると、京が敢えて一子を褒める。
「惜しかったねワン子」
「あえて訂正しない京がサドだなぁ」
「石川県だけに佐渡ってか?俺様も知的だぜ」
ツッコミを入れた卓也に対し、岳人が間髪を入れずにボケをかました。
するとそれに対して、由紀江がツッコミを入れようとする。
「ええと、あの、あの……」
しかし、彼女の頭に手を乗せ、信也がそれを止めた。
「まゆっち。気にしちゃいけないぞ」
信也の言う事に大和・京・卓也・小雪が頷く。
「もぐもぐもぐ。
辛さが致命的に足りないけど、後は10点」
「出ました京の10点印!俺含めて、皆大満足みたいだぞ」
京の言葉を聞いた大和が言うと、由紀江は安堵する。
「よ、良かったぁ……」
「おいおいまゆっち…」
「オーバーだなぁ」
「カワユイなぁ、先輩がキスしてやろうか?」
苦笑する信也と大和に続いて声をあげ、百代が由紀江に忍び寄った。
由紀江はそれに対して、赤面して慌て出す。
「ふえええ?」
すると大和が、咄嗟に百代の注意を自分に向けた。
「姉さん、俺という舎弟がありながら!!」
「んー、なんだ妬いてるのかお前?」
「(大和の奴。1年生であるまゆっちに迷惑をかけるのが嫌だから自分に引き付けたな)」
と、考える信也である。
「心行くまで食べてくださいねっ!」
そして、由紀江の作った料理を残すことなく食べつくし、皆は満ち足りた表情をしている。
一子は眠りそうになっている。
「で、なんか俺達に話があるんだろう?後輩」
「は、はい……!」
翔一の問い掛けに、由紀江は真剣な目差しで答える。
「そういう目をしてるもんな。何か決意してる」
翔一が言うと、間髪を入れずに百代が脱線させた。
「不眠症か?寝られるようにしてやろうか?」
「そ、そ、そーいうのではなくですね」
「まゆっち無視しろ。でないと話が進まなくなる」
取り乱す由紀江に信也が注意する。
そんな信也に、
「信也、お前は相変わらず生意気だな!」
パンチを食らわそうとする百代に、
シュンシュン!
「これが俺だ!」
そのパンチを避ける信也。
信也の言った事が逆に話を進まなくなっている。
そんな光景を見ていれば普通は呆れるはずなのだが…由紀江は
「や、やっぱりいいな!」
などと言って、羨まし気に皆を見て言う。
それを聞くと、大和は小首を傾げて彼女に尋ねる。
「何が?」
「……その空気が、凄く、いいですっ……。
あの、あの……あぅ……」
何かを言おうとして、由紀江は口ごもる。
すると、再び松風が声をあげた。
「まゆっちGO!ここは天下分け目だぜ!」
「うん、石田三成みたいな気分で行くね」
「なんで負ける方で行くんだよ!
しまいにはオラ小早川になって裏切るぞ!今、徳川家康に鉄砲で催促されてっから」
そんな一人芝居が続くと、一部は引き始める。由紀江の事を知っている信也も少しひいていたりする。
「……すぅーはー……よし、言います。お願いしますっ!」
「いきなり頭を下げられたぞ」
「まゆっちは真剣みたいだし、黙って聞け」
ドン引きする百代に対して、信也が注意する。
「私も、皆さんの仲間にいれてくださいっ!!皆さんと一緒に遊びたいんです!
あの、私、ずっと地元で友達いなくて……それで……それで……今度こそ友達をって思ってこっちに出てきて……それでも作れなくて。
そこで、皆さんが楽しそうにされていて……私も、仲間に入れたらどんなに楽しいだろうって、
だからお願いします、仲間に入れてください!
私、食事作れます!掃除も自信あります!体力も人並にはあります!
だから……だか……ら……私を……仲間に入れてはくださいませんかっ!!!」
由紀江は一気にまくし立てた。
不器用な言葉だが、想いはひしひしと伝わってくる。その瞳は潤んでいるものの、真剣そのものだ。
すると、皆が顔を見合わせ、視線で会議する。
会議の結果として、翔一が答えることになった。
返事を待っている間、由紀江は緊張で震えている。
「黛由紀江さんだったっけ?」
「は……はい!」
「今のままじゃ、仲間には入れられない」
「………ぁ、」
「仲間ってのは基本的に対等なもんだろ?
土下座みたいな真似して、何でもするから入れて!とかで入るもんじゃないよな。
普通に“面白そうだから私もいれて”で、いいぜ」
「あ……!」
ハッと我に返り、由紀江は自分の間違いに気付く。
そして、
「お、面白そうだから私もいれて下さい!」
今度は対等な相手として翔一に頼んだ。
しかし、
「断る。」
「はぁぁぁうっ!?」
あまりの驚きに、由紀江は倒れた。
「ハハハ♪冗談だよ、冗談。これから一緒に遊ぼう!」
こうして、由紀江は風間ファミリーの一員になった。
「で、では、その…私も仲間で………い、いいのですね」
恐る恐る由紀江が尋ねると、翔一は笑顔で頷いた。
「ああ!いいぜ!」
それを聞くと、由紀江は歓喜のあまりにむせび泣く。
「………うぅぅぅ〜〜。
嬉しい……ありが…とうごさい”ま”す”っ……」
すると、信也は苦笑しながら彼女の頭を撫で、空いた手で涙を拭う。
「ほらほら、美人で可愛い顔が涙で台無しになっているぞ?笑顔笑顔♪」
「は、はい(び、びじんで、か、かわいいと言われましたよ、松風)」
「(やったぜまゆっち!八神先輩の好感度アップだぜぇ)」
心の中で会話する由紀江と松風であった。
その後、由紀江のもつ刀のことや松風の事などを話し終えた風間ファミリーは自己紹介に入っていた。
「川神百代3年、武器は拳一つ。好きな言葉は誠」
「川神一子2年、武器は薙刀。勇気の勇の字が好き」
「2年クリスだ、武器はレイピア。義を重んじる」
「椎名京2年弓道を少々。好きな言葉は仁…女は愛」
「川神小雪2年だよ〜ん。好きなものはマシュマロだ〜」
「一年黛由紀江です。刀を使います。礼を尊びます」
そして女子の紹介が終わり。
「それであのバンダナが、キャップ。リーダーだ」
指で指しながら紹介。
「いかにも馬鹿そうなのが岳人。面倒見はいい」
「いかにも根暗そうなのがモロロ。優しくはある」
「そして私の弟分、大和。頭が回る」
男子メンバーは信也以外が勝手に紹介される。
「俺は八神信也2年だ。武器はまゆっちと同じ刀だが…他にも色々使える。己が信じるものを貫き通す信念という意味で信を重んじる」
信也以外は自分達の紹介の仕方にちょっとショックを受けていた。
「うわ……おざなり、根暗とか」
「俺のタフガイさが全然つたわらねえ」
「女の子が強い次代になったな〜信也を抜かして」
「(やばい、これでは女子の影響力が増すばかりだ)おい、またれや、男よ!」
「軍師大和」
「忘れたか、我々は力で勝てないのなら知力で勝てばいいじゃないか。勇気を忘れてはいかんぞ」
「ふははは、良くぞ言った」
そして大和は百代に連れられた。
「え!?」
そして女子陣に引き込まれた。
「彼が私たち女子は調子にのさせないだそうだ」
「な、なに!?」
「異議あり、その表現は膨張だ」
「却下」
ドスン!
腹部を殴られた。
「ぐはっ、なんて理不尽な法廷だ」
「法廷ではない、ここは獄中だ、そして私が牢主だ」
「む、無法地帯だ」
「これはいじらなければいけないね…ククク…信也をいじれないのが残念だけどね」
「俺はピンチだが、こう言うときは少年誌なら友人が」
「じゃあな大和」
「俺様も男のプライドは捨てたくないね」
「さようなら」
「ここは少年誌ではなく、ヤンクアニマルのようだったな」
「クク、性と暴力の都というわけね」
「いい友達持ったわね、全員逃亡」
「情けない」
「ふ、言ってくれるぜ」
「それなら大和争奪戦でも「フハハハ!お前達は誰かを忘れてはいないか?」……へぇ?」
皆が信也を見る。
「クリス〜言ってくれるじゃないか…俺がいるのに…えぇ?情けないだってぇ??」
少し殺気を解放する信也。
「あわわわわ…!」
涙目の一子。
「こ、この殺気…強いです」
汗を流す由紀江。
「し、しまった…!」
自分が言ってしまったことの大きさに気付くクリス。
「この殺気…受けきればこれも信也の」
「愛…だね…ポッ」
顔を赤らめる京と小雪。
「し、信也〜〜」
大和は待ってました!と言わんばかりの表情で信也を見る。
「フハハハハ!俺の存在を忘れるなんて…お前等…少し…OHANASHI…しようじゃないかw」
「信也!?お前、笑っているだろ!?wって!…というか、気配すら消してただろ!?私には分かるぞぉ〜!?」
「ハッハッハ☆さぁ、お前達の罪を数えろ〜」
『どう見ても棒読みじゃないか!』
ズドーン!
騒がし日曜日の夜であったのである。