小説『Ark of the Covenant -lapis philosophorum- 』
作者:bard(Minstrelsy)

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 データコピーの許可はすぐに下りた。それも、他のデータのコピーの許可と共に、だ。
 リヴェット副主任曰く「いつもテイラーさんには協力して貰っているから」との事だ。もしかしたら、バーナー主任から何か口利きがあったのかもしれない。研究員を貸し出す代わりにデータベースを自由に使わせてくれ、といった感じで。
 実際のところは解らないが、これで好きなだけ調べることも出来るし、コピーも自由に貰って構わないとなった訳だ。
「良かったじゃない」
「そうだな。夜勤っつってもやることも無いし、データ貰ったらラボへ帰って分析するかな」
 許可コードの入ったカードをアリシアから受け取る。これが無いとコピーが出来ないのだ。
「お疲れ様。私はそろそろ帰るわ」
「明日の朝食用に何か買っておけばよかったな」
「ううん……自分の部屋に帰るよ。ケイジ、帰ったら寝るでしょ?」
「そのつもりだ」
「だったら入れ違いになるし……たまには、自分の部屋に帰らないと」
 その言葉で、結構長い間俺の部屋に居たのだと気付かされる。彼女が俺の部屋に「帰る」のが当たり前になっていたからか、違和感すら感じてしまう。
「そうか。気を付けて帰れよ」
「解ってるわ。それじゃ、また明日」
 アリシアの足音が遠くなっていく。
(さて……一仕事、だな)
 俺の仕事はこれからだ。


 めぼしい資料を自動ピックアップ、そして片っ端からコピーしていく。分析は後回しだ。
 検討は何もここでやる必要はないのだ。自分のラボに帰ってから幾らでも出来る。
 必要なのは、数。
 次々とデータが俺の端末へコピーされていく。かなりの量だ。終わるまではまだかかるだろう。
 その様子を確認しながら、マシンを操作してネットへ繋ぐ。
 接続先は所属研究員専用のフォーラム。そこで公開されているプロジェクト一覧から「統一言語開発プロジェクト」を選択する。
 詳しい話は掲載されていないが、所内向けのプレゼンやプレスリリースくらいは閲覧出来る。
 あの「石版」に書かれている文字がここで開発されているものに似ている、とリヴェット副主任は言っていた。やはり気に掛かる。調べていれば、何かしら発見があるかもしれない。そう、契約の箱に辿り着いた時のように。
 ページの読み込みが終わり、更新情報が表示される。
 起ち上がってまだ間もないせいか、情報は少ない。見られるのは、プロジェクト設立のきっかけ、開発途中の文字のサンプル、おおよその進捗状況だった。
 暇潰しも兼ねて片っ端から開いていく。

 ――使用する言語が違う事によって、どれほど不便な思いをしてきたでしょうか。
 仕事でもプライベートでも、自分の思っている事が伝えられない。
 他の言語を学ぶのは、人によっては多大な苦痛を感じていることでしょう。
 もし、共通言語があれば、私達の生活はどれほど楽になることでしょう。
 どこへ行っても言葉が通じ、書かれている文字も読めるのです。
 旅先で不都合な思いをすることも少なくなるでしょう。
 仕事の打ち合わせで他国の人と関わる際も、細かなニュアンスまで伝わるでしょう。
 より良い社会の形成に、今こそ統一言語が必要な時ではないでしょうか。――

 軽く眩暈を覚えた。
 「プロジェクト設立のあいさつ」からこんな調子だった。
 結構な話ではある。言っている意味も解るし、俺自身も何度か経験したことだった。
 だが、何となく怪しい気がするのは、物言いのせいだろうか。どことなく宗教的な匂いを感じてしまう。
(宗教か……)
 よくよく思い返せば、俺のやっていることの大半は宗教絡みだ。アリシアがくれたヒントで辿り着いた「契約の箱」もそうだ。「賢者の石」の存在にしても、ある種の宗教に近い。「石版」に書かれている内容はまだ解らないが、資料として遺されている数々の石版は原初の宗教を形として遺すために造られたと聞いている。
 人が何かしら行動を起こすには、宗教が絡むのだろうか。
(逆、か?)
 或いはその行動に対して、後から宗教的意味合いを付け加えていったのだろうか。
 ニワトリが先か、卵が先か。考えれば考えるほど、そんな気分になる。

 ――宗教や神話では、我々は本来同じ言語を操っていたとされています。
 それが、今のようにバラバラになってしまった理由は、祖先の仲違いにあると伝えられています。
 我々の始祖である兄弟が仲違いをして袂を分かち、住む場所が離れると共に言語も変わりました。
 長い年月を離れた土地で過ごすうちに、彼らはすっかり別の言葉を話すようになってしまったのです。
 あくまで神話状の話ではありますが、同じ言葉を使っていたという記述は注目に値します。――

 ……これを書いているのは信者なのかもしれない。
 幾ら研究対象に宗教関係が多いとはいえ、少々熱く語りすぎではないかと思う。

 ――現に出土する遺跡や遺物にも、同一言語を使っていたと思われる痕跡は数多く残されています。
 一定の時代までは、ほぼ全世界で同じ文字と思われる遺物が発掘されています。
 我々人類にとって「かつての統一言語」と言えるでしょう。
 しかしその後、少しずつ文字は変化し、ついには全く違うものへと変わっています。
 この過程で言語が地域によって変容していったと推測することが出来ます。――

 準研究員時代に習った記憶がある。
 それで「神話や伝説にはある程度の事実が含まれる」という研究の心得みたいなものを学んだのだ。

 ――現在我々が用いている言語にも、ごく僅かではありますが、共通する部分もあります。
 我々はその共通項を抽出し、より汎用性を高めることで、自由に扱える統一言語を開発することが可能と考えます。
 統一言語が広まることで、冒頭で述べた通り、我々が感じている様々な問題は解決するでしょう。
 このプロジェクトがより良い社会の形成に役立てると確信しています。――

 話し方の端々に感じる宗教の匂いはともかくとして、それなりに裏付けのあるプロジェクトなのだと解った。
 少し疑問に思うのは、何故遺跡から発掘されたという「かつての統一言語」を復元させなかったのか。
 それから発展して今の言葉があるのならば、復元する方が楽だと思う。無論、単語は足りなくなってくるだろうが、文字に関しては発展させれば使用に耐えるものになるはずだ。
 しかし、アリシアの見た「石版」の文字は、歴史上には似た系統の文字は無かったという。そして、このプロジェクトの新造文字と似ているのだという。
 ということは、このプロジェクトは「かつての統一言語」を全く参考にしていないと考えられる。
(……アリシアはこれに関わってはいないはずだ)
 新造文字に関して、アリシアが何かアドバイスをしたとは考えにくい。それに、彼女がこの文字を知っていたとしても、賢者の石の形には影響しない。このことは実証済みだ。
(プロジェクトの参加者にアリシアと同じ石版を見た奴が居た……ってことか?)
 可能性はゼロではない。俺と同じ箱を見たユキノという実例がある。
(考えすぎか……)
 とにかく、実物を見てみないことには何とも言えない。
 熱弁の続いた「プロジェクト設立のあいさつ」を閉じ、開発途中の文字のサンプルページを選択した。

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