サンプルページに並んでいたのは、得体の知れない「文字」。
いや、文字というよりも「記号」に近い。記号というか、無機的というか。
人の匂いがしないのだ。血が、通っていない。
文字は多かれ少なかれ、手書きであろうが入力されたものであろうが、そこに人の匂いが感じられる。人が使っているという感じがする。
だが、この文字は。
まだ使われていない文字だからか、とも思った。見慣れないから、使われているところを見ていないから、無機的に感じるのだろう、と。
だが、見慣れない文字を見ても「無機的」だとか「人の匂いがしない」と感じたことは一度もない。
一体何なのか、この違和感は。
サンプルページには、この新造文字を使って身近なものの名前や簡単な例文が書かれていた。
よく使う、ありきたりなものばかり。いつもは意識しないような、当たり前の言葉。それなのに、酷く冷たく感じるのは何故だろう。
この文字を作り出したのは人間だ。使っているのも、使おうとしているのも、勿論人間だ。だがこの文字は、まるで機械が産み出したかのようだ。
あたかも、ゼロとイチの二進数を固めて無理矢理成形して「文字」を装っているかのように。
アリシアが見た石版の画像を呼び出し、石版の文字を抽出。似たような形の文字をピックアップし、重ね合わせる。
リヴェット副主任が言っていたように、似ていると感じる。
だが、同じではない。
強いて言えば、と副主任も前置きしていた。そう、敢えて言うならば、というレベルなのだ。
何が似ているかと問われても、雰囲気が似ているとしか答えられない。
細部の形は違うし、文字全体の形もそれほど似てはいない。
だが、似ているのだ。
雰囲気が、それこそ、同じものだと感じてしまう程に。
(……何故だ?)
そして感じる、不自然なほどの懐かしさ。
箱を見た時と同じだ。
(何故なんだ……)
無機的な文字。
人の匂いの感じない記号。
これのどこに、懐かしさを感じる要因があるというのだろう。
プロジェクトのページには、文字の形は何からヒントを得ているのか、何故この形になったのかはどこにも書かれていない。
あの「石版」を見たからという可能性は、完全には否定出来ない訳だ。
「箱」に「石版」……同じ賢者の石由来であれば、懐かしさを感じる理由にはなる。そう思い込む。
こんなものに懐かしさを感じる自分が、とても不気味に思えて仕方がない。無理にでも理由をつけて納得をしたいのだ。
端末のランプが点滅している。データのコピーが終わったのだ。
ページを閉じ、マシンの電源を落とす。
時刻を確認。日付が変わったばかりだった。夜勤は朝の八時までだ。
仕事はまだ始まったばかりだというのに、酷く疲れていた。
何か収穫はありましたか、とリヴェット副主任が出迎えてくれた。
「お陰様で……かなりの収穫がありました」
許可コードの入ったカードを副主任に返却する。
「お疲れのようですね」
「まぁ……。収穫が大きいって事は、その分仕事が増える訳ですし」
「そうですね。我々も同じですよ。発見がある度に、分析と検証の繰り返しです」
「自分も同じです」
「それが楽しくもあり、辛くもあり……。奥が深いですよ」
副主任は人懐っこい微笑みを浮かべる。
「今日は夜勤ですか?」
「ええ。副主任も?」
「夜勤ですよ。そろそろこの年になると、身体に堪えますよ」
そう言いながらも、微塵も疲れた素振りを見せない。対する俺の方が疲れ切っていた。
「何かあったらいつでも来てください」
「ありがとうございます」
考古学ラボを後にし、静まり返った廊下を歩く。
足音がやけに耳に付く。
思い返すのは箱のこと。
契約の箱と呼ばれたもの。
あの時見付けた資料と俺が見ていた「箱」は、同じものではない。ただ雰囲気が似ている、それだけだ。
しかも大きな違いがある。資料の箱には、俺が見たものの特徴だと言える鍵穴が無い。
それなのに、俺はあの「箱」は契約の箱だと感じている。
違うものだとは思えない。
何故。
そう考えて、この感覚が新造文字を見た時と同じだと気付く。
雰囲気が似ている。
細部の形も、全体の形も、似ていないというのに。
それなのに似ていると感じてしまう。
(共通項があるとでもいうのか……?)
だとすれば、それは一体何なのか。
資料を分析すれば何かが解るかもしれない。
そうあって欲しいという希望を抱きながら、俺は自分のラボへと急いだ。