ラボに戻って早速、自分のパソコンを起動させる。
そして端末と接続し、データの解析作業へと移る。
解析と言っても、持ち帰った膨大なデータを整理し、めぼしいものを拾い集める事がメインとなる。
地道な作業だ。
B42、と書かれたファイルを選択。データ格納プログラムを呼び出す。
B42とは、あの賢者の石に付けられたコードだ。普段使う機会は少ないが、プレスリリースや学会での発表にはよく使われる。一応俺が所属しているラボにも「B42専属解析研究室」等という仰々しい名前が付けられている。堅苦しいからか、大体は「賢者の石チーム」で通用するのだが。
データ格納プログラムに、今し方貰ってきたばかりのデータを放り込む。
プログラムは直ちにデータ種別を判断、階層化する。この間、瞬き程の時間も無い。
昔ならばデータの取り込みだけでかなりの時間がかかっただろう。ある程度の仕分けは出来たとしても、分類は手作業で行われていたのかもしれない。これが無ければ仕事にならない。
仕分けの手間はかからないが、一つ一つ見ていくのは手作業になる。ここからは俺の、人間の力になる。
ずらりと並んだ、契約の箱。
改めてその資料を読み込んでいく。
俺が「そう思う」だけでは駄目なのだ。俺の確信だけでは報告書が書けない。一定の根拠が必要だ。
賢者の石に関しては、個々人の認識が一つの仮説として成り立つ。他の研究と違って、具体的なデータが示せないからだ。
実験ならば、例えば身体データの採取が出来る。薬であれば、その効果が具体的な数値データとして手に入る。人の心理だってそうだ。特定の物事に対するアンケート調査をすれば、何パーセントが良い、何パーセントは悪い、等という数値が手に入る。機械であれば耐久実験や動作テストをすればいい。
先程まで世話になった考古学関係も、ちゃんとしたデータが手に入る。遺物や遺跡に関しては、分析器にかけてその年代を測定する事が出来る。何か発見があれば、過去に見付かった資料と照らし合わせれば、おおよその分類は可能だ。全く初めて見るものでも、分析器やら過去の資料を駆使すれば、年代の特定や近似資料を見付けられる。
だが、賢者の石はそれが通用しない。
触る事が出来ないから「いつの時代のものか」すら解らない。
更に、人によって見えるものが違うから「どういう形をしているか」も確定出来ない。
存在すら疑われる代物だったのだ。
その曖昧な存在に、今回初めて「色」と「形」が出来たのだ。そう、PIPSだ。あれのお陰で、ようやく共同で使える資料が出来たと言っていい。
一例としてではあるが「賢者の石はこんな形をしている」と周囲に見せる事が出来たのだ。
そうして示したものを、俺が「そうだと思うから」との理由だけで「契約の箱」だ、と言う事は出来ない。
何故そう思うのか、その根拠は何か、具体的に挙げられる資料は……。
説得力を持たせるためには、そうしたものが必要になる。
(……とはいえ)
自信が無い、それが本音だ。
契約の箱の資料に当たった時は、これだと確信した。
あの、誰かが囁いたような感覚。
確信は揺らいでいない。
それを如何にして伝えるか。
(腕の見せ所ってやつか)
まずは、資料をじっくりと調べ上げること。基本中の基本だ。
報告書の書き方や資料の解析の仕方は、準研究員時代に嫌と言うほど叩き込まれた。
準研究員は、立場としてはただの見習い、試用期間の人間だ。この時に行われる基礎講習に着いていけない連中は、その時点で準研究員から解かれる。研究所に居られなくなる。
俺やアリシアと同じく賢者の石関係で準研究員となった連中も、多くは基礎講習に着いていけずに研究所を去った。他のラボも同じく準研究員を迎えてはいるが、残るのは僅かだ。
とにかく、必死だった。
ここに居られたら、俺が見ているものについて何かが解る気がしていた。
執念、だったのかもしれない。
ただ知りたい、その思いだけでここまでやって来た。
だから、ここで挫ける訳にはいかないのだ。
「ですが正直投げ出したい気持ちで一杯です」
「泣き言は聞かんぞ」
俺の愚痴にバーナー主任の突っ込みが入る。
少し離れたところで、主任は資料の整理をやっていた。
シフトが重なるのは久しぶりだった。
準研究員時代から、バーナー主任には世話になっている。俺の基礎講習の担当が彼だった。
この人は、俺がヒヨッコの時をよく知っている。
「ったく……お前はまだまだヒヨッコだ」
だから、いつまでたってもこの扱いだ。
「……成長してるつもりですけどね」
「まだまだ全然だ」
こうやって話をしていると、もう一人の父親にも思える。
「身を固める覚悟も出来んうちは、成長したとは言えんな」
そして本人も、もう一人の父親のつもりでいるらしい。
それはそれで困った話ではある。