結局、俺はアリシアに言い出すことが出来なかった。
俺も同じ夢を見ていたのだと。
せっかくの休みだというのに、何だか気が重い。
出かけはしたものの、指輪は見に行かなかった。話すら出さず、ショーケースをちらりと眺めた程度だった。
夢で見たものに似た指輪が目に入った。そんな気が、した。
二人とも言葉少なだったのは、無意識のうちに何かを感じ取っていたせいかもしれない。それが何かは、今の俺にはまだ判然としない。
「ケイジ」と「アリシア」。
俺達であって、俺達ではない存在。他人とは違う、そんな気がする「誰か」。
想像の産物だと片付けてしまう事も出来たはずなのに、出来ない。どこかで感じているのかもしれない。
石版に書かれていた、もう一人の「私」。あれが、そうなのではないのか、と。
夢のせいか、アリシアも元気がなかった。行きたいと言っていたカフェでもその顔は晴れない。
どうする事も出来ない「夢」。
現実が夢に蝕まれていく、そんな気がしてならない。
ラボのメンバーが集められた協議。
リヴェット副主任らの考古学チームが主催となり、俺達のラボと文字開発プロジェクトのメンバーが集められた、かなり大がかりなものだ。
話し合われるのは重要な事ばかり。これからの解析の方向性、考古学方面からのアプローチ、新造文字の作成過程に関する疑問、色々だ。
その協議の間も、夢の事が頭から離れない。
「……ですね。では、この方面でのアプローチを開始しましょう。カノミさん」
「あ、はい」
いきなり名指しされ、慌てる。
「後程テイラーさんにも伺う予定ですが、あなた達の方から何かございますか?」
「何か、ですか……」
しばらく考える。
気付けば全員が俺を見ていた。視線が痛い。
深呼吸を一つ。
「ここで報告させて頂いて良いものか、判断がつきかねるのですが……」
そう言ってバーナー主任を伺う。
主任は頷きながら応える。
「構わん。いずれは公開する事になる」
「解りました。では……」
パソコンを操作し、俺の書いた報告書を呼び出す。一昨日俺が提出した、ユキノと俺の夢に関するものだ。
「さほど分量は無いので、軽く目を通して頂ければ結構です。音声データは現段階では削除してあります。後程共有サーバーにアップロードしておくので、お時間が有る時にでも」
全員のパソコンに報告書のデータが送信される。
「……前世論にイデアルメモリー論、ねぇ」
「ここまで来るとオカルトに近いな」
「違いない。賢者の石ですらそんな感じだし」
「夢の話……か」
メンバーから呆気にとられた様な呟きが聞こえる。好意的とは言い難い反応だが、仕方がない。オカルトや妄想、そう捉えられても文句は言えない。
「ユキノ・サラシナについては先程リヴェット副主任から説明があった通りです。彼女に関しての記録が、今送信したレポートの通りです」
「この協議で君の夢、前世やらイデアルメモリー論との関係は?」
懐疑的なメンバーの声を、副主任が制する。
「解読された石版の文面に関わる事、と判断しました。具体的な関係は順を追ってお話しします。まずは私自身の夢、そしてユキノ・サラシナの話について述べさせて頂きます」
俺は報告書を示しながら説明をする。
見た夢の内容。
ユキノの話。時折様子が変わるのは、この時が初めてでは無かった事。
そして俺の見た夢とユキノの話の整合性。
「にわかには信じ難いな」
リヴェット副主任が呟く。
「そう仰るのもごもっともです。バーナー主任には報告済みですが、公開したのは今回が初めてです」
「偶然という可能性は?」
メンバーが疑問を呈する。
「それは私も考えたが、似た様な夢を見る事はあっても、細部まで同じ夢は考えにくいかと思う」
俺に代わって主任が応える。
「ユキノ・サラシナに関しての報告を指示したのは私だ。音声データの記録も指示をしている」
「相手は一般人ですよ? プライバシーの問題は?」
「事後承諾ではあるが所長の許可が下りている。問題は無い、と認識している」
そう、PIPSの実験後に指示を受けたのだ。ようやく思い出した。バーナー主任はユキノから、どんな話を聞いていたのか。この協議が終わってから、彼に話を聞かねばならない。
続けて下さい、とリヴェット副主任が俺を促す。
「……私と彼女は同時にPIPSの実験を行いました。その時も同じく、私が見た夢らしきものを彼女も見ていたのではないかと、そう判断する様な事がありました」
PIPS、の単語にメンバーがざわめく。
最新鋭のマシン、そのトラブルであれば安全性に疑問が出る。主任がシステム部の見解とデータを示しメンバーを落ち着かせる。
「これに関しては一応報告は受けている。勿論、システム部にも報告はしている。意識の共有だとかそういった事象は確認されていないとの話だ」
データ上、あの時の俺とユキノは「睡眠状態」となっている。記録されない事象ならば何らかの関連があるだろう、とバーナー主任から聞いたのは、この協議が始まる少し前の事だった。
続けろ、と今度は主任が俺を促す。
「……とにかく、その件もありまして、偶然とは考えにくいと思いました。それともう一つ、私はユキノ・サラシナ以外の人間とも同じ夢を見ています」
言おうかどうか迷ったが、知らせるにも丁度良い機会だ。
一瞬の沈黙。
意を決して口を開く。
「ここに同席しているアリシア・テイラー。彼女とも、同じ夢を見ています」