小説『Ark of the Covenant -lapis philosophorum- 』
作者:bard(Minstrelsy)

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 扉の先には、緩やかな階段が延びていた。
 足下を照らす僅かな灯りを頼りに、それを一気に駆け上がる。
「こんなところがあったとはねぇ……」
 荒い息でバイルシュタインが軽口を叩く。この人は一体どこまで余裕が有るのだろうか。
 向かう先から銃声らしきものが漏れ聞こえてくる。外はどうなっているのだろう。出た途端に撃たれる、なんて事は無いと信じたいが。
「大丈夫か、アリシア」
「……え、ええ。なんとか」
 肩で息をしながら答えるアリシア。
「君は全然……平気みたい、だな」
 俺達の様子を見てか、バイルシュタインが声をかけてくる。確かに、二人に比べれば息はまだ上がっていない。
「元陸上部でしてね。トレーニングも続けているし、体力はまだ、大丈夫なつもりです」
「へ、そいつは殊勝な心がけだ。俺も、事が済んだら、何か運動でも、始めるかな……」
 バイルシュタインは笑おうとして、咳き込む。気持ちに余裕はあっても、体力は相当厳しいようだった。
「出口だ。……カノミ、扉を開ける。手伝え」
 バーナー主任がカバーを壊し、レバーを引く。ロックの外れる音を確認し、俺は扉を押し開けた。
 だが。
「主任! ここは……」
 扉の向こうは外ではなく、別の施設の中だった。
「何て事だ……博物館か!」
 放送を思い出す。敵の目標は、俺達のラボと……博物館。
(敵陣のど真ん中かよ!)
 こんな所に出て行けばすぐに襲われてしまうだろう。
「ここは駄目です、引き返して……」
 俺がそう言いかけた途端、階下から轟音が響く。
 暗い階段がオレンジ色の光に染まっていた。同時に熱気が伝わってくる。
「引き返せんな」
 バイルシュタインが忌々しげに呟く。
 この場に居ても、いずれ炎がやってくる。動くしかない。
「主任!」
「左前方にもう一つ非常通路が有る。どこに繋がっとるかは解らんが、ここよりはマシなはずだ」
 バーナー主任が指し示す先、小さく通路を示す表示が見える。
 だが、この人数で固まって動く事は危険だ。扉の向こうから絶え間なく銃声が聞こえてくる。その只中に出なければならないのだ。
 一瞬でも手間取れば撃たれる。敵は元より、味方からも撃たれる可能性が高い。
 さっきと同じだ。
 ここで全員がやられるよりは、マシ。
 だとすれば。
「……俺が先に出ます。味方に会えれば、エスコートを頼めるかもしれません」
「危険だ。先にお前がやられるかもしれん」
「どちらにせよ移動しなきゃいけないんです。……全員やられるよりは」
 バーナー主任は渋い表情をしている。だが、答えはもう決まっているはずだ。
「……解った。後で合流しよう」
「そんな……主任!」
 アリシアが悲鳴の様な声を上げる。
「時間が無いんだ。また後でな」
 俺はそっとアリシアの指先を握り、髪を撫でる。
「では、主任。二人を頼みましたよ」
「解っている。死ぬなよ」
 ネットは相変わらず沈黙したままだ。無事に脱出出来たところで、連絡する術は無い。
 そこまで考えて、止めた。
 脱出する事が先決だ。その後の事は、その時に考えればいい。
 扉の隙間から様子を伺う。
 銃撃戦はすぐ近くという訳ではなさそうだ。今なら、外に出られる。
「……行きます!」
「無事を祈るよ、カノミ君」
 バイルシュタインの声を合図に、俺は扉の外へと身を躍らせた。


 出た所は賢者の石の展示スペースに程近いエリアだった。
 幸いな事に、色々なケースが立ち並んでいる。銃撃を避けながら移動が出来る。
 フロアには血と、弾痕。この場所でも激しい銃撃戦があったのだろう。
 展示物のガラスケースもヒビが入っている。強化ガラスのせいか、割れてはいない様だった。
 味方は居ないのか。
 銃声の聞こえる方に注意を向ける。
 激しい銃撃戦は賢者の石の方向だった。
 時折混じる怒号は、味方警備員のものだろうか。
(一か八か……)
 展示ケースの間を縫う様にして移動する。
 銃声が近くなる。もう少し近づけば、相手の姿を確認出来る。
 それに、気を取られ過ぎた。
 ケースの後ろから回り込んで来た影に気付くのが、遅すぎた。
「しまった!」
 銃口を向け、発砲……出来なかった。
(……これは!?)
 そこに居たのは、人間ではなかった。
 身長はおよそ三メートル。
 身を覆う白い装甲は、有機物に似た質感だ。返り血がその白をまだらに染めている。
 警備員から猛攻を受けたのだろう、脇腹に当たる部分が酷く抉られていた。
 傷口から覗くのは、これも有機物に似た何か。機械のケーブルでもない。生体組織でもない。
 頭らしい部分が俺の方を向く。目は無い。その代わり、幾つかのセンサーの様なものが有る。
 その姿は、よく似ていた。俺の見た夢に出て来た、異形の敵に。
 死神であり、悪魔であり、そして荒ぶる「神の使い」。
 それは、悪夢そのものだった。

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