小説『Ark of the Covenant -lapis philosophorum- 』
作者:bard(Minstrelsy)

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 PIPSの起動は、別々の部屋で同時に行う事になっていた。
 担当技師曰く「投影された映像を見ればそれに影響されてしまう」「同時に出力しなければ同じものを認識していると実証出来ない」との事だった。当然だろう。相手が見たものに影響されてしまっては何の意味もない。
 だが、肝心の賢者の石は一つしかない。二人同時に見るのは不可能だ。
 それに、俺が見たPIPSはカプセル型のベッドだ。しかも頭部はシールドに覆われていた。一度対象物を見て、それを覚えてから装置に接続するのか。それとも、誰かが一々目の前まで石を持ってくるつもりか。
「それに関しては心配ない」
 バーナー主任の話によると、あのPIPSの頭部シールドはモニターも兼ねているらしい。そこに外部から賢者の石を映し出し、俺達が見たものがPIPSから出力されるという仕組みになっている、との事だった。今までの実験で、賢者の石は映像や写真を介しても見えるものに影響は無いと実証されている。俺も何度か被験者として協力したし、今回の起動実験に際しても再度確認している。
 問題はない、と思いたい。
「しかし、二台もあるとは思いませんでした」
「予備機だよ。両方とも開発部が完璧に調整してある。記録もばっちりだ」
「記録……。あの、主任。ユキノ・サラシナの事なのですが……」
 俺は準備していたボイスレコーダーをバーナー主任に渡す。
「これは?」
「車中の記録です。何かあった時のための記録を残しておくつもりで起動していたのですが……」
 レコーダーを再生する。あの、車中の会話が蘇る。
『お兄ちゃんも箱、見えてるんでしょ?』
『お兄ちゃんはあたしと同じだもん』
『お兄ちゃんとあたしは、同じなんだよ』
 バーナー主任が眉をひそめる。
「カノミ、これは?」
「お聞きの通りです。実際に彼女が言ったんですよ」
 バーナー主任は信じられないと言った様子だ。無理もない。入り口で散々懐いてきた少女なのだ。同一人物とは思えまい。
「お前の気を惹くために鎌を掛けた……と考えたいが」
「そうでしょうか?子供はそこまで考えるものですか?」
「可能性はあるって話だが、こればかりは何とも言えん。自分の子供がそうだからと言って、他の子供も同じだとは言えないからな」
 俺には、あれが俺の気を惹くための演技だったとは到底思えない。仮に演技だとしたら女優顔負けだ。
「……とりあえず、この記録は保存しておこう」
「お願いします」
 技師達がPIPSの最終チェックに入っていた。彼らにとってはここが正念場なのだろう。緊張がこちらにまで伝わってくる。
「お前は賢者の石を見る事にだけ集中すればいい」
「……ええ、最善を尽くしますよ。とはいえ、見るだけですがね」


 起動直前、アリシアが俺を呼んだ。
「どうした?」
「あなた達の後、私も石を見る事になったの」
 俺達の実験で出力が上手く行けば、アリシアの見る石版も見ることが出来る。そうすれば、書かれている内容の解読も進むという訳だ。
「なるほどね。それでお前も呼ばれたのか」
「あの機械……PIPSだっけ。楽しみだけど、ちょっと不安で」
「たかが映像出力マシンだぜ」
 人の気配が無いことを確認し、そっと唇を重ねる。
「ちょっと……今仕事中……っ」
 抗議しかけたアリシアをもう一度黙らせる。
「落ち着いた?」
「馬鹿、誰かに見られたらどうするのよ」
「別に俺は構わないけどな」
 アリシアの手前余裕を見せてはいたが、俺もあのPIPSに不安はあった。
 勿論初めて見る機械だから、不安になるのは当然だろう。
 見たものが間違わずに出力されるのか。モニターの映像に不備は無いのか。俺とユキノは本当に同じものを見ているのか。考え出せばキリがない。
 技術面のサポートは開発部の仕事だ。俺がとやかく言っても仕方がない。
 それに、ユキノの見ているものは実際に出力してみなければ解らない。今考えても仕方がない。
(だとしたら、この妙なざわつきは何だ?)
 理性では抑えきれない胸騒ぎ。
 単純に初めて触れる機械に対する不安であればいいのだが。

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