小説『ハイスクールD×D×H×……』
作者:道長()

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「ちっ。嫌な事思い出させやがって」

今まさに刃が振り下ろされようとした時、世界がグルンと回った。それこそ今まで見ていたものが幻だったみたいに。辺りは真っ暗で、先程の激闘の余韻は皆無だ。

「まったく。今回の使い手はロクな奴じゃなさそうだ。力が無さすぎて声は届かんし、挙げ句の果てにはもう二度と見たくない奴の夢を見させるわ……」

代わりに現れたのは赤いドラゴン。燃え盛る炎より赤々とした鱗に、鋼を切り裂く様な禍々しい爪。オレなんか簡単に丸呑み出来るだろう口にはナイフみたいな牙がズラリと並んでいた。

「オマエは……」
「ああ。恐らくお前が思っている通りの存在だよ」

背中にたたまれていた羽根が己の存在を示し、そして俺の考えを肯定するために辺りを覆い尽くす様に広がった。

「オレをどうする気だ?」

もしかしたらオレを喰らいに来たのかもしれない。昔からドラゴンの好物は肉と決まっていて、物語の中では大抵その肉は人間なのだ。

「そんなに警戒するなよ。今日はただのあいさつだ」

狂暴さを滲ませながら、口角がつり上がる。

「これから一緒に戦わなきゃなんない奴に、挨拶をしないほど礼儀知らずでも、無視できるほど余裕がある状況でも無いんでな」
「余裕が無い……?」

確かに俺は今、悪魔として生きるために色々やることがあるからヒマじゃないけどよ。今日も朝からトレーニングだったし。

「のんきな奴だ。オマエ、譲刃が慈善団体かボランティアとでも考えているのか?」
「……」

言葉が出ない。
少なくともアイツはそんな組織に居てもおかしくないと言ってやりたかったのに喉まで出かかって呑み込んでしまった。

「薄々は気付いてるんだろ? 俺がどんな存在かも。アレがお前のタダの友人という存在では済まされないことも」

分かっている。
俺が悪魔になった瞬間から、アイツを見る目が変わっちまった。観客席から意図せず舞台裏が見えちまったみたいに。
知らなければきっと気のいい友人で終わっていたんだろう。そして高校を卒業したら、徐々に連絡が取れなくなって他の出来事に塗り潰されていったに違いない。
けれど俺は知っちまったんだ。

「うるせえ。アイツはオレの友達でエロの師匠だ。それ以外は知らねえよ」

でも、そのまま認めるのはシャクだ。例えアイツが、オレの知らない一面を持っていたとしても、やっぱり慶路は慶路なんだよ。それに誰だって人に見せない部分はあるだろ。

たとえば……なあ?

紳士の諸君。母親のエロ本探索スキルの高さって異常じゃね?

「クックックッ……、まあいい。それでもアレの近く居ようとするというのならそれはそれで良し。そして狩られるというのなら、それまでの器だったということか」

どこに笑う要素があったのかは知らないが、可笑しそうに笑う赤い竜。なぜだか無性に腹がたつ。

「悪い悪い。気にさわったか? 鴨がネギしょって猟師の前で昼寝しているように思えてな。コレが笑わずにいられるか?」
「黙れ。悪魔とか人間とか、そういうのは関係ないって言ってんだよ」
「関係あるさ」

まるでオセロで黒に挟まれた白のような必然性を持って、恐ろしく真面目に返された。

「良いか。いくらお前が力の無い主とはいえ、俺の主になった以上そう簡単に殺させる気はない」

だから、と

「これは警告だ。譲刃はそんな甘い奴等じゃない。譲刃慶路は譲刃慶路である前に譲刃であることをおしえられているはずだ。それを忘れるな。そしてお前は悪魔で」

射抜くような視線がオレの左手に向けられた。釣られてオレも目を向ける。

「その左手の通り今代の赤龍帝だ」

かつて人間の腕だったところに、赤い、異形の腕があった。














第二幕

A DEVIL IN WEDDING CHAPEL



腕立て伏せ。
これが分からないという人間はいないだろう。上体の筋トレにおいて、腹筋運動、背筋運動に並ぶ基本運動。

「ケツが上がってるぞ? そして腕も曲がってない」
「ムリムリムリ! これ以上は死ぬって!」
「大丈夫。人間は勿論。悪魔はそう簡単には死なないから」

だが侮るなかれ、どの筋トレもそうだがスタンスの取り方、角度、速度によって負荷や鍛えられる部位は大きく変わる。

「よし。良いだろう」
「やっと終わっ……」
「次は両手の人差し指と親指を合わせて、三角形を作れ。そして顎が地面に付くまで肘を曲げろ。それを100回」
「もう……イヤ……」
「因みに3セットな」
「いっそ殺して下さい」

徹底的に鍛えるのなら同じ様な運動であっても、決して気を緩めてはいけないのだ。僅かなフォームの違いであっても筋肉に与える影響は変わってしまうのだから。

「1……。2……」

一誠の顎に砂がベッタリと付着した。毛穴から吹き出る汗は止まることを知らず。髪の毛から滴るほどだ。

「またケツが上がってきたぞ」
「グホッ」

疲労を軽減しようと、無意識のうちに体勢を変えようとした一誠の尻を、慶路の靴の裏が無慈悲に押さえつける。

「頑張れ。そうすれば今日中に筋肉痛になれる」
「筋肉痛って自ら進んでなるもんじゃないよな!?」
「筋肉痛になるということは、すなわち筋繊維が傷付いたということだ。それが修復された時には以前より強靭な筋肉が形成される」

神妙な面持ちで語る慶路。悲鳴じみた一誠の批難を理論で捩じ伏せた。
腰から上だけを見れば、科学的根拠を主幹とする理論派の監督と思われるかもしれないが、如何せん足は一誠を踏みつけたままである。

「悪魔なんだから、学校行ってる間に大体の修復は完了するはずだ。そして、またトレーニングすればまた筋肉痛になれる。それに夜になれば回復力は上がるから朝には完治だ。素晴らしいだろ?」
「オニ! アクマ!」
「僕は人間だよ」

世界は広いとは言っても、一日に二回、筋肉痛引き起こさせるトレーニングは、前時代的を通り越して寧ろ先進的だろう。

「がんばりなさい。イッセー」
「イッセーさん。お茶を淹れて待ってますから」
「部長……。アーシア……!」

リアスとアーシアの応援に感極まれりと、汗以外の体液を流す一誠。

「感動のエンディングにはまだ早いぞ」
「ふべらっ」

それを打ち砕く鬼コーチ。

「し……しぬ……」
「無駄口を叩くな」

更なる重力による負荷が一誠を襲う。

「あの……部長さん……」
「何かしら?」

訓練というより、虐待やSMという言葉が似合う惨状をみたアーシアが不安げな表情で、リアスに胸に抱いた疑問を話した。

「悪魔さんの修行って……みんなこういうのなんですか?」
「……大丈夫よ。確かに大変だけど、一誠のは特別だから」
「はぁ……? 特別なんですか?」
「ええ……。色々な意味で、ね」

横目で一誠と慶路を見て、リアスが苦笑しながら頷く。

「3セット目だな。これを終えたら一段落だ」
「ヨッシャー!」

丁度2セットを終えたらしい一誠が、解放される喜びを全面に押し出す様に吼えた。

「ラストー!」

これから引き起こされる波乱の気配を一切感じさせない実に平和な某日の朝であった。















「99……100……!」
「よし。次は下半身メニューな」
「「「……」」」

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