小説『Life Donor』
作者:bard(Minstrelsy)

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 言っている事が矛盾している。寿命は決まっている、生き尽くす事が果たす義務だとしておきながら、こんな審判で生死を決められる者が居る。シジマは呟いた。おかしい、と。
「そのまま死ぬんだったら、それは寿命を果たしたって事になるんだろう? 俺とは違って分け与える余命が無いんだから、こうやって審判なんかしなくても良いんだろう。だけど生きられるなら、寿命は残っていないとおかしい。だったら、だとしたら」
 シジマは血を吐くような声で言った。
「俺が決めなくても、最初から生きるか死ぬか決まっているんじゃないのか。本当は審判なんか要らないんだろ。余命もでたらめで、何の意味も無くて、義務っていうのも嘘で――」
「シジマ」
 カクリの声が、シジマの言葉を縫い止める。
「俺は」
「私の話を聞くんだ」
 穏やかではあるが有無を言わせぬ声に、シジマは口をつぐむ。
「いいかい、シジマ」
 陽炎のように身体を揺らし、彼はソファから立ち上がる。指先に巻かれた銀の鎖が、時計と彼とを繋いでいた。かそけく、今にも切れてしまいそうに儚く揺れる花の浅彫りが、月のようにたゆたう。
「命というものは、時として予想を超えた力を見せるんだ。あらかじめ与えられた時間など、軽く無視する程にね。だから、思いだけで命を繋ぐ者も、逆に命を縮める者も居る。シジマ……君も、彼らと同じなんだ」
「何が、だよ」
「思いだけで、自分の時間を決めたって事さ」
 カクリはシジマの側にかがみ、その胸を小突いた。鈍い痛み。彼が突いたのは、丁度心臓の辺りだ。
「君は、運命を信じるか」
「え?」
「君がこうしてここに来たのは、運命だと思うかい?」
「それは……」
 カクリは、審判を義務だと言っていた。だとすれば、これは運命――必然なのかもしれない。シジマは曖昧に頷く。
「これがあらかじめ決められた事だと、そう思っている訳か」
「義務だと言ったじゃないか。それが運命じゃなければ――」
「ここに至るまでの道を選んだのは君自身だよ、シジマ。決められたんじゃない。君が選び、君が決めたんだ」
 命も同じだ、とカクリは薄く笑みを浮かべた。
「自分の道を決めるのも、命の力。そうして与えられた時間を精一杯生きていく。その生き様に、あらかじめ決まった運命なんて無いんだよ。全て、自らが選び取った結末なんだ」
「全部、それじゃあ、自分の責任なのか」
「そう。まあ、当然の話だよ。そうして選んだ道を生き抜く事が、責任という奴さ。だから、それを果たす義務が発生する訳だ」
 歌うように彼は話す。浮かべた笑みに、恍惚の色すら感じる程だった。
「ただ、さっきも言ったように、命には予想を超えた力がある。与えられた時間すら変えてしまうくらいのね。そうなると……少し、厄介な話になる」
 生を望みながら生きる時間を失った者と、死を望みながらも残した時間のために死ねない者。そういったイレギュラーな者達が出てきてしまったのだ。彼らは、生きる事も死ぬ事も出来ない。
「そんな者達を受け入れる場所……それが、ここなのさ」
 何処へもいけない者達が行き着く「狭間」。生と死、絶望と希望、与えるか奪うか。あらゆるものの狭間だ、とカクリは呟いた。
「だったら、一体」
 あまりの話に言葉を失くしかけたが、シジマは必死に唇を開く。
「誰が、この部屋を作ったんだ。その寿命も、与えるのは一体誰なんだ。神様が、本当に居るのか」
 シジマの問いに、彼は緩やかに首を振った。知らないという意味なのか、答える事に対する拒否なのか、その表情からは窺い知れなかった。
「お茶を淹れようか。頭を休める時間が必要だろう」
 彼は結局、シジマの問いに答える事は無かった。

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