いつからだったろう、友人が友人ではなくなったのは。
仲は良かった。少なくとも自分はそう思っていた。遊びにも行ったし、下らない事で笑いあえた。そんな関係がずっと、大人になっても続いていく。自分は無邪気にそう信じていた。
ほんの些細な行き違いだったかもしれない。取るに足らないどうでもいい事だったのかもしれない。ただ、気が付いた時にはもう、掛け違ったボタンを元に戻す事は出来なかった。
無視されるだけなら良かった。
「あ? お前挨拶もしねえの?」
「おはよう、じゃねえの。ほら、通行料」
事ある毎に因縁を付けられた。殴るまではいかなくとも、小突かれる事はしょっちゅうだった。目立たないくらいの傷が増えていった。そして、金も巻き上げられた。
誰が敵で、誰が味方か。
気付けば、そういう風にしか他人を見られなくなっていた。
誰もが敵だった。一度は逃げようと思ったが、その願いは聞き届けられはしなかった。怠慢、頑張りが足りない、休むのは許されない――家族さえも、安心出来る存在ではなかった。
ある日、自分と同じような目に遭っている生徒を見た。自分と同じ暗い瞳。辛い思いをしているのはよく解った。声を掛けずにはいられなかった。彼を慰められるとは思っていなかった。ただ傷を舐めあえる仲間が欲しい。あの時の自分は、そう考えていたのかもしれない。それでも、彼は自分を受け入れ、自分も彼に寄り添った。
彼とは、少しだけ仲良くなった。話す事が増えた。忘れていた笑顔が戻った。
だから黙っていられなかった。彼が地面に転がされた時、思わず止めに入っていた。これ以上、傷付けられる姿を見たくはないと。
「お、正義のヒーロー登場」
「お前ごときが俺らに歯向かう訳?」
「ってか勝てるとか思ってんの? それとも何? 生意気に助けるとか言っちゃう訳?」
「身の程知れっての、バーカ」
そこから先の記憶は無い。
気が付いたら、全身傷だらけで地面に倒れていた。周囲には誰も居なかった。そう、友人だと思いかけた彼の姿さえも。
何が起こったのか解らなかった。自分が倒れた後、彼はどうなったのだろうか。痛む身体を引きずるようにして帰り、ただ彼の身を案じていた。
翌朝、彼の姿は無かった。
やはり、酷い目に遭わされたのか。変わらずに浴びせられる嘲笑と暴力に耐えながらそう思っていた。
彼の姿を見たのは、二日後だった。
元気そうだ、というよりは、憑き物が落ちたかのようだった。そして、よそよそしかった。目を合わせようともしない。口を利こうともしない。何故。そう愕然とする自分に、彼は言った。
「俺、お前と同じだと思われるの、嫌だからさ。これ以上、関わらないでくれ」
そして、彼も友人ではなくなった。
自分に危害を加えはしなかったものの、助けてはくれなかった。彼は傍観者となった。いつも横目で自分を見ながら、他人の顔で立ち去った。あの後、彼への攻撃は止んだように見えた。だから、助けない理由は解っていた。自分のようになりたくはない、そう思ったのだろう。
絶望だった。結局、自分に味方は居ないのだ。誰も助けてはくれない。
「バラしたらどうなるか解ってるよな」
「ニュースになったりして? 男子学生事故死! あはははは!」
崩れ落ち、虚ろな瞳の自分に容赦無く与えられる傷。
痛みはとうに麻痺していた。脳を揺らす衝撃に、身体は反射的に胃液を吐き出す。混じる鉄の味は、薄赤い染みとなって地面に延びていた。
自分には、もう、生きていく場所は無いのだ。
生きる理由なんて無い。こんな思いをしてまで、何故生きなければならないのか。恐怖、絶望、虚無。心の中はそれで溢れていた。
翌朝、いつもと同じように家を出て、いつもと違う場所に立った。
ここから飛び降りれば、楽になれる。何もかもから解放される。これ以上、生きていかなくて済むのだ。