小説『Life Donor』
作者:bard(Minstrelsy)

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 諭すような言葉は、賢者よりも透き通っていた。全ての真理、そう思える程に。
「何だよ、それ。格好つけてるのか。芝居がかった気障な言い回しで、いい事を言ったつもりなのか」
 しかしそれを素直に受け取る事は出来なかった。唇から落ちる声に刺が混じる。
「……怒らせるつもりは無かったんだけどね。ただ、私にはそういう言い方しか出来ないから」
 カクリは詫びるように目を伏せた。
「シジマ達を見て思うんだ。生きるって、そんなにも難しい事なのかって。本当はシジマも、生きていたかったんだろう? それなのにどうして、死にばかり目を向けてしまったのだろうと」
 今し方浮かべた己の疑問を口にされ、シジマの言葉は喉元で石となる。
 本当に死を望んでいたのか。生きたいと思っていたのではないのか。
「悪い、今していい話じゃなかったな」
 カクリは軽く肩をすくめた。


 散発的な、会話にも満たないやり取りが幾度か交わされた。腹の中を探り合うかのように、シジマは用心深く言葉を選んでいた。ほんの少し前にカクリに感じていた信頼に似た気持ちは、既に跡形もなく消え失せていた。何を思われるか、どう受け取られるか、それが気になって仕方がなかった。無駄な努力だとは思っていた。それでも、自分の内をさらけ出す事はもう出来ないと感じていた。少し前に身も世もなく泣き崩れていたというのに。
 カクリの言葉は、シジマの心に深く突き刺さっていた。本当は、生きたかったのではないか――僅かではあったが脳裏を幾度もかすめていた。これ以上心を晒せば、その思いをまた突き付けられてしまうだろう。死を選んだ事に後悔は無い。だからこそ、生を突き付けられるのは嫌な気分だった。自分の捨てたものをこれ見よがしに並べられているような不愉快さがある。
 途切れ途切れの会話は、散らばったフィルムを無理矢理繋ぎ合わせたように歪なものだった。そのストックも尽きたのだろう。カクリは幾度か口を開きかけたが、何も言わずに押し黙った。持て余した沈黙が、二人の言葉をかき消していく。
 客人が訪れれば、この鬱陶しい時間を過ごさなくて済むだろう。だが、それは審判の開始を意味する。他人の人生を見せつけられ、相手を裁かねばならない。どう足掻いても、逃げる事は出来ない。待つのは苦痛だけだ。
 何かが軋む音がしていた。まさか、葛藤する自分の心が立てている訳ではあるまい。シジマは音の源に目をやる。音は、カクリの手元からだった。
「つい、癖でね」
 シジマの視線に気付き、カクリはそれを広げてみせる。金属の鎖だった。
「時計の鎖なのか」
 その先にあった懐中時計を見ながらシジマは呟く。随分と大切にしているのか、カクリは片時もそれから手を離さない。やはり、彼の私物なのだろうか。その疑問を口にしようとしたが、カクリに遮られる。触れられたくないのだろう。シジマの視線から隠すように握り込まれる。
「別の話をしようか」
 そう言われたところで、シジマには話せる事など無かった。行き場の無い視線を彷徨わせる。
「君は、この審判をどう思う?」
 ためらいに似た沈黙の後、カクリが切り出した。
「どう思うも何も、義務だと言っていたじゃないか」
 今更何を、とシジマは首を傾ける。
「それはそうなんだけどさ。興味本位というか、暇潰しというか。シジマがどう見ているのか、それを聞いてみたくてね」
 口調は軽く笑みも浮かべていたが、その瞳は真剣だった。
「今までの審判にも同じ事を聞いたのか」
「そうだとしたら、答えてくれるのか?」
 睥睨するカクリに、シジマは気圧され怯む。
「……そういう意味で言ったんじゃない。どうしてそんな事を聞くのか、前も聞いた事があるか気になっただけだ」
 カクリは相槌代わりに鼻で笑う。
「言っただろ、暇潰しと興味本位だって。勿論、この質問をするのは君が初めてじゃないよ」
 そして、シジマを見据える。どうあっても答えなければならないのか。シジマは小さく息を吐いた。追い詰められた自分に、諦めろと言い聞かせるように。
 思い返すのは、やはり奈美の一件だった。自分の下した判断に後悔はしていないが、酷く後味の悪いものだった。他の三人に関してはそこまで思わないが、決断を下す過程は気分のいいものではなかった。言ってしまえば、ただの苦痛だ。生きるよりはましだが、心を削られる事に変わりはない。
「罰、かな」
 シジマは己の思いをその単語に集約させた。短く、鋭く、重い。それが全てだった。
「罰か」
 興味深い。シジマのそれを復唱し、カクリは呟いた。
「これが終われば、許されると思っている訳か」
「そこまでは解らないけれど、少なくとも解放はされるだろう? この審判からも、生きる事からも」

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