小説『先生は女子大生』
作者:相模 夜叉丸()

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木南が塾のことを言ったこともあったからか、月曜の午後のほとんどの授業で一宮先生のことで頭がいっぱいになった。午前中は全くなかった。1時間目の古文の授業は厳しい教科担任の先生のおかげで無駄なことを考える余裕も無かったし、3、4時間目の体育もいつも通りサッカーでやたら動き回るだけのアタッカーに徹していたし、バスケの時も味方にボールをパスするだけの役に徹していた。休み時間に校庭の脇を一宮先生と同じ髪型をした下級生を見て少し動揺したくらいのもので。
 ただ、その昼下がり。お昼休みが終わり現代文の授業が始まるわずか2分ほど前である。隣の席の女子二人組みの会話が耳に入ってきたのをキカッケに、一宮先生の顔だとか言ったこととか、あの反則みたいに美しい笑顔が延々と反芻し始めた。
 「ねーねー、(塾)で受けた模試の結果どうだったぁ?」
 「えー、もう最悪ってカンジ〜。もう(先生)が呆れててさぁ〜・・・。」
 お前らのしゃべり方が最悪だという突っ込みは出ず、変わりに一宮先生の姿が浮かんできたのだった。決めた。塾と先生というワードは今後一切禁止な。
 チャイムと同時に先生が教室に入り、質実剛健な柔道部主将の桐谷学級委員長が号令をかける。高校生にもかかわらず野太い声が教室に響く。礼をして、各々着席した。
  
 
 授業が始まって先生が黒板に書いたことを黙々と書いていた。だが、頭の中は一宮先生でいっぱいだ。もう一度言う、いっぱいなんだ。
 「ええ、つまりこの文章では、デカルトの導き出した二元論というものは結局身体と魂は別のものであり何の繋がりも持たないというものであり、それらを二つ有した人間は特殊な存在であるとして・・・。」
 先生のしゃがれた声が教室に響く。年取ってるわりにとても声量があるなと傍らで思いながら僕は、まだ一度しか話したことの無い一宮先生がいったいどんな性格でどんなことを言いそうかをぼんやりと勝手に分析し始めた。これまでにいろんなことを考えた挙句、最終的にはその分析をすることに落ち着いた。頬杖をついてノートに目を落とした。ノートの内容には目もくれず、まずは1シーン目。両手を腰につけ、顔を赤くしながらそっぽを向いてる先生が浮かんできた。

 べ、別にあんたに大学を受かってほしいと思って教えてるわけじゃないんだからねっ!

 「はい、ええ。このしかしとかだからという接続語、これ大事だからな。話の転換点だからな・・・。」
 先生の声が割り込んできた。さすがに一宮先生は言わないだろうと思って、これを却下した。次は2シーン目。両手の指と指の先をこすり合わせながら上目遣いで甘えた口調をしながら。

 受かってほしいのぉ・・・。

 「安藤、他に哲学者を知らないか?ソクラテスとかラ・メトリとか・・・えっ、誰も知らない?デカルトは知ってたか・・・この文章読むまで知らなかった?・・・少しは知っとこうよ。それはいかんよそれは・・・・。」
 先生の声が割り込んだ。イラッとくる話しかただ。もしこんなふざけたことを言う奴がいたら、女だろうと男だろうと僕はぶっ飛ばすな。一宮先生が絶対に言いそうも無いことだ。3シーン目。顔を赤らめて裸になり、胸を両腕で交差して隠しながら・・・あれっ?

 もうっ、田中君のエッチ!

 「いやいやいや、ちょっと待ったちょっと待った。違う。これは違う・・・。」
 思わず口に出た。なぜこんな思春期全開の妄想が出てきたのかな。一人頭を抱えてたら耳元でしゃがれた声がした。
 「何が違うんだい?」
 体が反射的に少し飛び跳ねた。僕はそのしゃがれた声のした方向を向いた。禿かかった頭と丸めがねの先生が僕の顔をを覗き込んでいる。
 「具合でも悪いのかい?」
 僕は周囲から視線が送られているのを察知し、顔を火照らせてなんでもありませんとだけ答えた。
 「そうかそうか、じゃぁ292ページの五行目から読んでくれ。」
 周りでクスクスと笑い声がする中、言われるがままに僕は教科書を手に持って音読を始めた。

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