小説『Fate/Zero 探求者の聖杯戦争』
作者:sora()

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第一話探求者と雪の少女





 広大なアインツベルンの城。普段は吹雪いている吹雪も今は止み、一面雪で真っ白という何とも幻想的な状況だ。

 そんなアインツベルンの城の近くにある森のなかを、一人の少女と漆黒のロングコートに身を包んだ青年が歩いていた。

「はっ、ハックション!」

 突然、歩いていた青年がくしゃみをして、寒そうに両腕をさする。

「どうしたのシオン? 寒いの?」

 青年――シオンの隣にいた少女――イリヤスフィールが心配そうにシオンを見上げる。

「ああ、めっちゃ寒い。たく、何で外に連れ出したんだ? 遊ぶなら中で良いだろう」

 サーヴァントは霊体の為、通常は寒さや暑さを感じないのだが、態々外に出るのが面倒だったのか、シオンは嫌そうな顔をしている。

「だって中で遊んだってつまないんだもん! 滅多に雪が晴れない外が晴れたのよ。外で遊ばないと!」

「滅多にって……こないだ晴れただろう。そん時切嗣と一緒に遊んだだろうが」

 自分を上目遣いで見上げてくる少女にシオンはめんどくさそうに見下ろしていた。

 そして、そのまましばらく時間が過ぎていった。

「はあ……分かったよ。降参だ」

 先に音を上げたのはシオンだった。

 彼は手を降参のポーズのように上げた。それを見て涙目だったイリヤスフィールはにっこりと笑った。

「ならよろしい。さあ、クルミの冬芽探しをするわよー!」

「クルミかよ……」

 呆れたように呟くシオンだが、その表情は穏やかであった。

 そして、ふと思いついたかのように手をポン、と叩くと、イリヤスフィールを脇の下に手を入れてそのまま持ち上げて肩車をした。

「よっ、と」

「うわあ! 高い高い!」

 きゃっきゃっ! と喜ぶイリヤスフィールを見て、シオンはにんまりと笑った。

「さーて、クルミの冬芽探しだっけ? 良いだろう。相手になってやる」

「ふふん! チャンピオンであるこの私に勝てるかなー!」

 そう言って二人は森を再び歩き始めた。





 ******

「ふう……」

 城の中の一室で、朝からずっとパソコンと睨めっこしていた切嗣はパソコンから視線を上げると、疲れを癒すように目元をもんだ。

「お疲れ様、切嗣」

 部屋のドアが開き、お茶のセットを持ってきたアイリスフィールが夫をねぎらうように入ってきた。

「ああ、アイリ」

「ちょうど良かったかしら? そろそろ休憩にしましょう。あんまり根を詰めると体を壊すわ。聖杯戦争はまだ始まっていないんですし」

 妻の言葉を聞き、切嗣はふと、部屋にある時計を見た。見ると、もうお昼を大分回っていた。

「参ったな…もうこんなに時間が経っていたとは……そうだね、ちょうど情報の整理を一通り終わったし、少し休憩しよう」

 そう言って切嗣は、パソコンを閉じると別のテーブルに座った。

 アイリスフィールも続けて座りカップに紅茶を注いだ。

 そして、切嗣の所にカップを置き、自分の分の紅茶を飲み始めた。

 アイリスフィールを見て、切嗣も紅茶を飲み始めた。

「アイリ……イリヤはどうしている?」

 カップをテーブルに置き、切嗣はアイリスフィールの聞いた。

「イリヤなら雪が晴れているから外でシオンと一緒に遊んでいるわ」

 シオン、と名前を聞いたとき、切嗣がぴくりと動いた。そんな夫を見て、アイリスフィールはクスリと笑った。

「何、イリヤがシオンと遊んでいるのに妬いているの?」

「なっ!? アイリ、何を言っているんだい? 別に僕はそんな……」

 急に動揺し始める切嗣を見て、アイリスフィールはクスクスと笑った。

 そんなアイリスフィールを見て、切嗣は溜め息を付いた。

「アイリ、からかわないでくれ」

「はいはい……でも、本当に驚いたわ……まさか、セイバーを召喚するのと同時に私までサーヴァントを召喚するなんて……」

 そう言ってアイリスフィールは自分の右手の甲に刻まれている三画の令呪を見ながら、セイバー、そしてシオンを召喚したときの事を思い出していた。



 ******

「サーヴァントシーカー、召喚に応じ参上した」

「サー……ヴァント?」

 アイリスフィールは目の前に現れた漆黒のロングコートを着た者を呆然と見ていた。

「アイリ!」

 切嗣が慌ててアイリスフィールの元に駆け寄った。

「アイリ、一体何があったんだい?」

「分からないわ……貴方の召喚を見守っていたら突然右手に令呪が浮かび上がって……」

 そう言って、アイリスフィールは自分の右手の甲を切嗣に見せた。

「……本当だ。間違い無く令呪だ。だが、何故……?」

 困惑している二人を見て、アイリスフィールが召喚したサーヴァント……シーカーが困ったようにフードの上から頭をトントンと叩く。

「あー、あの、ちょっと……」

「……何故貴方が此処にいるんですかシオン」

 第四者の声に、残りの三人は一斉にその方向を見る。

 其処には、切嗣が召喚したサーヴァント、騎士王アーサー・ペンドラゴン、セイバーがシーカーを見つめていた。

「おお、アルトリアじゃないか! お前も召喚されたのか」

「ええ、それは置いといて、私の質問に答えてくださいシオン。何故貴方が召喚されているんですか?」

「いやあ、俺も召喚に応じただけさ」

「あの〜……」

 会話を始めた二人に、アイリスフィールが横槍を入れた。

「ん? どうされたマスター」

「えっと、貴方は私のサーヴァントで良いのかしら」

「ああ……」

 シーカーは何を思いだしたのか、フードを脱ぎ、素顔を晒した。

 シーカーの素顔は銀色の髪を後ろで束ね、ワインレッドの瞳を持った美男子だった。

 そのまま召喚陣の中で、右手の手のひらを左胸においてお辞儀するように上半身を少し倒した。

「我が名はシオン・アルガルト。騎士王アルトリア・ペンドラゴンに仕えし、円卓の騎士の一人。どうぞよろしくお願いいたす」



 ******



「ねえ、シオン」

「何だイリヤ」

 肩車しているイリヤがシオンに問いかけた。

「シオンは、キリツグやお母様と一緒に、行くんだよね」

「ああ。その為に来たんだからな」

「うん……そうだよね」

 どこか煮えない言い方にシオンは眉を潜めた。しかし、そのままイリヤスフィールの言葉を待っていた。
 しばらく、黙っていたイリヤスフィールは意を決したようにシオンを見下ろした。

「ねえ、キリツグ達の仕事が終わったらシオンも一緒に帰ってくる?」

 イリヤスフィールの言葉に、シオンもさすがに言葉を出し損ねた。

「……それは少し難しいな」

「どうして? 私、もっとシオンと一緒にいたい。シオンと一緒におしゃべりして遊びたい」

 それは、少女の小さな、それでいてとても大きい願いだった。

「……イリヤ」


 シオンは小さく少女の名前を呟くと、イリヤスフィールを降ろして、自分もイリヤスフィールの背丈に合わせて視線を降ろした。


「俺はある祈りを抱いて此処に来た」

「……」

 まだ幼いイリヤスフィールはシオンの言葉は良く分からなかったが、それでも真剣な表情のシオンを見て、そのまま黙って聞いていた。

「それは、どうしても叶えたいモノなんだ。だからこそ、俺は切嗣達の仕事に一緒について行く。もしかしたら俺は帰ってこないかもしれない」

 シオンの言葉を聞いて、イリヤスフィールの顔が悲しみに染まりそうになったが、そのままシオンは言葉を続けた。

「だからお前も祈ってくれないか?」

「祈る……?」

「ああ。俺が無事に元気に帰ってくるように祈っていてくれ。そうすれば、俺も絶対に帰ってこよう」

「ホント……?」

「ああ。俺は約束だけは絶対に守る男だ」

「うん! イリヤ祈っている。シオンが無事に帰ってくることを」

 にっこりと笑ったイリヤスフィールにつられてシオンも笑みを浮かべた。

「あっ、そうだ」

 シオンは何か思いついてようにごそごそとポケットをあさりだした。

「あったあった」

 そう言ってシオンが取り出したのは緑色の紐が付いた石を取り出した。

「これは……?」

「マラカイトっていってな。お守り代わりにお前にやるよ」

 そう言ってシオンはマラカイトの石をイリヤに掛けた。

「俺からの贈り物だ。絶対になくすなよ」

 ニヤリと笑ってシオンはトン、と指先でイリヤの額を叩いた。

「…………」

 イリヤスフィールはボケッ、として頬を朱に染めてシオンを見ていた。

「イリヤ?」

「えっ? あ、うん。たっ、大切にする」

 そう言ってイリヤスフィールは、マラカイトを手に取って大切そうに見つめた。






 この時、確かに小さな雪の少女の中に恋心が目覚めた。しかし、それを自覚にするのはこれから十年も先の話だが……。

-2-
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