第二話騎士王の祈り
「相変わらず子供が好きなんですね」
城に戻り、イリヤスフィールと別れて自分とセイバーに与えられた談話室に行ったシオンを迎えたのはセイバーの一言だった。
「アルトリア、まあな」
シオンは、談話室にあるソファーに寝転がった。
「シオン、なんて格好ですか。騎士たるものがそんな姿で良いのか」
が、そんなシオンを見て、セイバーが顔を顰めて注意を始めた。
そんなセイバーを片目を閉じながら見て、シオンは溜め息を付いた。
この騎士王は1500年経った今も生真面目な性分なままだ。それこそ、王となるずっと前からだ。
「だいたい……」
ヒートアップし始めたセイバーを見て、いよいよ面倒になったシオンは霊体化した。
「こら、シオン! ちゃんと話しを聞きなさい」
が、その行為は逆に火に油を注いだらしく、セイバーは本格的にヒートアップしていった。
「そもそも、貴方は……」
「えっと、何をしているのセイバー?」
第三者の声にセイバーは口を閉じ、声が聞こえたドアの方を見た。
其処には、目を丸くしたアイリスフィールが立っていた。
そして、アイリスフィールの目には、セイバーが一人で誰もいない所でぎゃあぎゃあ騒いでいるとしか見えない。
「いえ、あのアイリスフィール、実はシオンを注意したら霊体化してしまい……」
「え、ああ……そういえばいるわね。シオン、出てきてくれる?」
「どうされたマスター」
アイリスフィールが声を掛けた瞬間、彼女から少し離れた場所にシオンは直ぐに実体化した。
「ええ、実は切嗣が呼んでいるの」
「分かりました。いつもの部屋でよろしいのか?」
「ええ、お願い」
「畏まりました」
シオンは右手の手のひらを左胸に置いて軽く会釈すると、再び霊体化した。恐らくそのまま切嗣の所に行ったのだろう。
それを見送ったセイバーはどこか複雑そうな表情をしていた。
「どうしたのセイバー?」
「いえ、別に……」
そう言うが、セイバーの顔は相変わらず優れない。
それからしばらく二人の間に沈黙が続いた。
「……アイリスフィール」
先に、沈黙を破ったセイバーがアイリスフィールの名を呼んだ。
「何、セイバー」
「貴女は前に言いましたね。切嗣は私の時代の私を囲んでいた者達に腹を立てていると」
アルトリアという小さな少女に”王”という役目を押しつけた残酷な者達に、切嗣は腹を立てたと。
「ええ」
「でしたら、何故切嗣はシオンと会話をするのですか。シオンはそれこそ、私が王となる前から一緒に生きていました。なおさら私よりも腹を立てているのでは無いですか?」
セイバーは召喚されてこの方一度も切嗣とは会話をしていない。問いかけも一切黙殺され、視線を合わせようともしていない。
それ故、セイバーは疑問に思った。切嗣は自分と自分の周りにいた人間達に腹を立てていると。ならば、何故切嗣はシオンと会話をするのか。
「そうね……。貴女の言う事は最もね」
「ならば……」
「まあ、切嗣とシオンは基本的に似てないわよね。けど、戦術面では似ているでしょ?」
アイリスフィールの言葉にセイバーは顔をアイリスフィールから逸らした。
「セイバー?」
アイリスフィールは訝しげにセイバーの方を見るが、セイバーは黙って窓の方を見ていた。
――彼を責めてはいけない。そんな資格自分には無い――
「セイバー、大丈夫?」
「……いえ、問題ありません」
「そう……」
何やら触れてはいけないことを言ってしまったのかと、アイリスフィールは思い、話題を変えた。
「でも、正直、私も切嗣もシオン・アルガルドという英霊がいまいち分からないのよね」
アイリスフィールが苦笑気味に言った。
シオン・アルガルド。
ブリテンの王アーサー・ペンドラゴンに仕えし、騎士の一人。
しかし、それだけだ。そう、シオン・アルガルドという人物の伝承は殆ど残っていないのだ。
千年という歴史を誇るアインツベルンの書庫にも彼の伝承が記されている書物は殆ど無いほどだ。精々彼が円卓の騎士の一人だったぐらいだ。
「シオンは、私が王となる前からずっと一緒にいてくれました。兄のような存在だったと言ってもいいです。彼は、私が王となった途端に表舞台から姿を消し、裏方として私を支えてくれました」
シオンの存在を知っていたのも、アルトリアを除けば、魔術師マーリンと、円卓の騎士の中ではランスロットだけだった。
「そして、自分の正体を知らされるわけにはいかないと、自分が死んだ後も自分の事は言外するなと私や、マーリンに厳命していました」
「でもどうして? そんな当時の時代で自分の正体を知られるって……」
「……シオンは私を光と喩え、自分自身を影と喩えました。それ故、自分という存在が世に出ることを嫌いました」
その説明にアイリスフィールはいまいち分からなかったが、何となく分かったのでそのまま話を続けた。
「そう…でも、彼の実力が本物だと言う事は間違い無いわね」
サーヴァントの強さには知名度による補正が掛かる。それによっては本来持っている能力が使えないという事もある。
しかし、シオンはそれを抜きにしても破格の強さを持っている。アイリスフィールがマスターを務めているとはいえ、セイバーにもそう簡単に引けを取らないほどだ。
「当然です。シオンはそう簡単に負けるような騎士ではありません」
セイバーの物言いにアイリスフィールはクスリと笑った。
「アイリスフィール?」
「セイバーもなんだかんだで、シオンの事を信頼しているのね」
「……まあ、私の剣術は彼に教えて貰った部分も多いですし」
照れるように言うセイバーに、アイリスフィールは微笑ましそうにみた。
「そう言えば……」
と、アイリスフィールは唐突に思いだように言う。
「ねえ,セイバー。貴女が聖杯に託す願いって何なの?」
以前、二人で話したときも、セイバーは自分の願いについては一言も喋らなかった。
「っ……」
セイバーは表情を変えると、直ぐさま無表情になった。
「すみません、アイリスフィール。自分の願いは言えません。特に貴女には」
「どうして……?」
「ですが、安心してください。私の祈りは、貴女や切嗣の願いとは全然関係がありませんし、邪魔もしません」
アイリスフィールと切嗣の願い。戦いの根絶と、恒久的な平和の実現。その祈りを抱いて二人は聖杯戦争に参加するのだ。
「セイバー……」
窓から外を眺め始めたセイバーの表情はアイリスフィールには伺えないが、どこか苦悩しているようにも見えた。